夫婦の空間、そして会話
結婚してる女性なら、ほとんどの人が感じてるんじゃないかしら。
会話が減ったな~
お茶することがなくなったな~
恋人同士じゃないんだから
お茶したり、デートしたりはしないでしょ
みたいな話___
夫婦によっていろいろでしょうけれど。
小さなお子さんがいたりすれば、そもそもデートなんて
無理、という話でしょうし
私は昔、よく願っていました。
カフェやレストランで向かい合って無言でいるカップル
(あるいは老夫婦・・・)
そんな夫婦にはなりたくない、と。
今、結婚して10年目を迎えた私たち。
しょっちゅう、お茶してるかと言えば、そんなことはないです。
そもそも、彼はコーヒーが飲めない人
でも、私がカフェ大好き
なので
休みの日にランチした後などに、時々はお茶します。
彼は決しておしゃべりなタイプではないので
(話すトピックが、ほぼ決まっている)
圧倒的に私が話している方が多い・・・と思う
だけど、かすかにVosa・Jazz などが流れる暖かい店内で
香ばしいコーヒーを前に、ぬくぬくとしているその時間は
何物にも代えがたい、至福の時です
彼が黙っていようが、話が大して面白くなかろうが
そんなことに目くじらたてるような関係では、
そもそもなくなるのが、夫婦というもの
先日、そんなことで、2人でランチ後にお茶した時のこと。
ある、知人の話を私が始めました。
その女性は一言で言うと「絵に描いたように幸せな専業主婦
」
人生でこのかた、専業主婦に憧れたことは一度もない私だけど
彼女だけは、本当に幸せだと心底思うような方。
まず、裕福。
ご主人は好きな仕事で輝いている。
娘さんお2人は、これまた絵に描いたようにエリートで
有名大学
一流企業
幸せな結婚
出産
職場復帰予定
という順調さ。しかも、お2人ともに
彼女は、可愛いお孫さん2人にも恵まれています。
そして、何よりも____
ご主人にすっごく愛されているのです。
大事にされ方が、ハンパないのです。
こんなに揃っている人、いる~
っていうくらい、稀に見る幸せな女性だと思います。
・・・・・という話を彼は黙って聞いていました。
リアクションがほとんどないので、私の方が
「ね
すごくない
ご主人もすごいし、彼女も幸せだよね」
と、少し興奮気味に話したところ
「そうだね、すごいねぇ」
・・・って、それだけ
「なんでそれだけなの
」と、素朴な疑問をぶつけたら
「すごいとは思うんだけどね、別に羨ましくはないよ」
と、言うのです。
もちろん、この手の会話をする時には十分に気を付けています。
彼と、そのご主人を比べるようなことはしない。
私も、夫と一緒にいて世界一幸せだと思っている
という前提で、話をしているわけです。
そっかぁ・・・
羨ましくない、かぁ
じゃあ、私は羨ましいのだろうか、と自分に聞いてみれば___
自分が働かなくても裕福である
ということ自体は、とても羨ましい。
そう、素直に。
で、その他は
私は専業主婦には絶対になれないから
そもそも選ぶことがあり得なかったからねぇ。
自分はこういう風にしか生きてはこれなかったのです。
きっと、夫もそういうことを言いたかったのだろうな、と思うのです。
言葉足らずというか、男性はほぼ、そうでしょう。
女性に比べて、表現の吐露が苦手だし、上手に説明ができないから。
彼女は「幸せが大きければ大きいほど裏側に同じくらい不安がある」
と、言っていました。
その通りです。光と影・・・
たくさんのものを持っていれば、同じくらい失うことへの不安と恐怖がある。
自分自身は、夫のために、娘たちのために、可愛い孫のために
生きている。
それが彼女の幸せだから____
たくさん、たくさん、抱えているものが大きい。
大きければ大きいほど、重たくなっていく。
そういうものかもしれません。
夫も私も、そういう生き方を望んではこなかったので
限りなく身軽で自由です。
自分の中からクリエイトする才能
こそばゆい言葉だけど、それがあるから
夫は他人を羨まないし、私も同じです。
でも、独りでは生きられないのです。
私は彼がいるから生きる甲斐がある。
彼も同じ。
それがわかっているから、
その人のために元気でいなければ、と思う。
こうした時間の共有は、夫婦ならではのものです。
彼女の人生の価値は、私とはまるで違うものだけど
100人いたら、100人が幸せね
って言う人生だと思います。
でも、本当に大事なことは
50人しか幸せね、って言ってくれないとしても
自分自身が心から幸せ、と思えることが
一番幸せなのです
それだけは確かなことです。
