「誰かのために不可欠な存在」と思われることの価値
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ぜひ、 コチラ ご覧くださいませ~

今日は、じっくりと、私のブログの主テーマでもある
パートナー
シップについて、書いてみたいと思います。
古今東西、文学や絵画、映画、舞台など、芸術分野で扱われるテーマは
愛 と 死
この2つです。
人生の主なるテーマとしては
究極的には 愛 と 死
この2つしかない、と私は思っています。
少し、哲学的な話になりますが、
人生の意味 について、真剣に向き合う時期が
思春期、中年期、老年期 と3度あると言われています。
思春期の頃のこと、覚えていますか

老年期 って、人によって捉え方が違うでしょうね。
一般的には、仕事を定年退職する時期
に、大きな転換期がくる、と思われます。
サラリーマンの悲哀
と言いますか(特に男性は)仕事に生きがいを求めている人が大半です。
早期退職をする人も多い昨今なので
早ければ50代後半、
一般的には60代前半か65歳頃までに
必ず、次の人生について考える時期がくるでしょう。
この時期に
自分は誰かのために必要不可欠な存在だろうか
という問いが、必ずなされるはずです。
老年期の悲哀の大きな部分は、上記の問いに
十分な確信を持って答えられなくなることにある、
と言われています。
私も、まったく同感であると考えます

何かのため
誰かのため
何かのため、というのは
命をかけるほどの何かがあるかどうか。
これは、大変むずかしいことだと思われます。
やはり、自分がかけがえのない存在であることを
感じるためには、
誰かのための唯一無二の存在
であると感じられるかどうか。
これが重要な要素ではないかと思います

前置きが長くなりました。
私がパートナー
シップを自身のテーマに置き婚活支援を重要な仕事と考えているのは
自分は誰かのために必要不可欠な存在
と感じられる関係は、結婚からつくられることが多い
と思っているからです。
ですが、この日本では 婚活 というワードが一人歩きしており
結婚は生活のため
と考える人たちが多く、いかにプラスになるかばかりが論じられる。
結婚はコスパが悪い

と、本気で考えている若者が増大しているのは
悲しすぎる現実であります


「永遠の0」を始めとして、
戦争を背景にした映画やドラマを見るたびに
好きな人と一緒にいること
結婚し、一緒に暮らすこと
ただ、それだけのことが、いかに幸福であることか・・・
胸が張り裂けんばかりの感慨を持って
感じ入る私です

古今東西、愛 と 死 が芸術文化のテーマになるのは
それが生きる上で、いかに重要であるかの証でもあります。
また、いくら考えてみても
結婚に勝る深い関係は、私には考えられません。
私がお伝えしたいのは
結婚しようという考えやKnow-how ではなく
人生の価値を考えた時、
他者と深い関係を築く
という価値が、どれほど人生の喜びの多くを占めるか
ということです。
それを、特に若い方たちに伝えたいと思っています

人生には大事なことがたくさんあります。
恋をすること
仕事
地位や名声
社会的な立場
友人
健康なカラダ
お金
自分自身を成長させること
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自分自身を成長させるのは、何のためでしょうか。
それが会社のため、仕事のため
その枠内でしか考えられないのは、寂しすぎます


好奇心を持ち、学び続けることは、
それが楽しいから。
人間の向上心とは、そういうものだと思います。
長くなりましたが・・・
結婚はコスパが悪い
なんて言葉を若者たちが平然と口にする
そんな時代に、警鐘を鳴らしたい

と、思っております

