学びながら表現し続ける
何のために生まれてきたのか・・・
と、考えたことはありませんか
あるいは
私の天職ってなんだろう・・・
という、根源的な問い。
私は、こうした問いかけを、かなり幼少の頃から
していたように思います。
ただし、20代の頃は、忘れていました。
その頃は
これがやりたい
という欲望の方が強いので
選択の基準は、すべて私がやりたいかどうか
というものでした。
自分がやりたいかどうか
好きかどうか
興味があるかどうか
という気持ちは、もちろん根底にはず~っとあります。
そして、それを長年、一筋にやり続けてきた人がいるなら
その人にとって、それが 天職 です。
知っていますか
生まれる前・・・
私たちがお母さんのお腹の中で
羊水に浮かびながら心地よさを感じていた頃
私たちは、このお母さんから生まれる
と、決めてきたことを。
それは、
こういう人生を生きるのだ
と、決めていたからなのです。
残念ながら、その記憶は
生まれてほどなく失われます。
残念ですね・・・
しかし、その記憶がないからこそ
私たちは挑戦できるし
前向きに生きられる、ということですよね
最初の文脈に戻ります。
何のために生まれてきたのか・・・
これが実際に体感としてわかるのは
大体、多くの場合
40代くらい以降ではないか、と思うのです。
例えば、サッカーの中田選手。
彼は、世界に通用するサッカー選手になるために生まれてきたのか
といえば・・・きっとそうではないでしょう。
その特別な経験があるからこそ
可能な何かを遂行していく人生を選んだ
ということではないでしょうか。
その 何か が、生まれてきた意味と言えそうです。
最近、とみに思うことがあります。
何かをやりたい
・・・と思ったとき。
それは何のために
と、自問自答してみます。
その答えが
自分のため
自分の欲のため
であるならば・・・
それは、叶わない願いである、と。
なぜならば、40代以降というのは
人生の折り返しを過ぎているわけです。
残り時間はそう多くはありません。
自分だけの欲望のために
生まれてくるわけではないはずです。
自分の魂(潜在意識)は知っています。
そっちじゃないよ
って教えてくれています。
ということで・・・
私も含めて
次世代に命をつなぐ子育てを経験していない女性たちは
時折、大変に困難な課題を抱えるという必然性が
あるのかもしれません。
独身の女性たちは、そのこと自体が試練でもあるのです。
私自身、半生を振り返りますと
大変に恵まれた幸せな人生を送ってきています。
人生のほぼすべての時間、
何事かを学び続けている半生でした。
きっとこれからもそれは続くでしょう。
学びながら、人様に役立てるために表現し続ける
そうした課題を抱えているのだと理解しています
ブログを書き続けるのも、そうした理由が大きいです。
最近では、幸いにも
ブログを楽しみにしています
参考にさせていただいています
これこれ、こんな記事を書いてください
というメッセージが、とても頻繁に寄せられてきます。
私のブログが、生きる上で、何かに役立つならば
これほど嬉しいことはありません
皆さまの声を大事にさせていただきます。
これからも、ブログ、ず~っと続けていきます