幸せ・・・って努力してなるものなの?
先日、いただいたご質問です。
先日のブログで、幸せとは、状態のことではなく、気持ち・感情である
とありましたが、私はこれまで人生の目的を
最終的には『幸せになること』だと考えてきました。
そのために、一生懸命、勉強もして
大手企業に就職し、
見た目も老けないよう、努力してきました。
ですが、40代後半になって独身の私は
これが自分の望んできた人生なのだろうか・・・
と、最近になってわからなくなっています。
幸せになろう、として頑張ってきたのに
私は間違っていたのでしょうか。
ブログ公開の許可を取り、
ご質問を掲載させていただいております。
似たようなお気持ちを抱いている方も
多いように思いますので
参考になればと思い、私なりの解釈を
書かせていただきたい、と思います
幸せになる
このフレーズが、そもそも違うのではないか
もの書きでもある私は、先に言葉に反応しました。
を感じる時ってどういう時ですか
例えば、私の場合・・・
タンゴを気持ちよく踊っている時
夫と2人で美味しいご飯を食べている時
気持ちの良いカフェでまったりしている時
温泉に浸かっている時
ブログや原稿を書いている時(言葉がスムーズに出てくる時!)
その時に感じている感情は、ほとんどがRelax
している時だということに気づきます
シチュエーションとしては、他にも
新しいお洋服を買った時
いい香りを創れた時
いいガイダンス・キャリアカウンセリングができて学生に感謝された時
・・・などもありますが
これは、瞬間のことであり
そのあとに得た感情を考えると
私の場合、
とはRelax
達成感
という感情だと言えますね
これは、ほとんどの人に当てはまるのではないでしょうか。
人は、
を得るためにことさら頑張る必要はありません。
ただし、
達成感を得るために努力する必要はあるでしょう。
ご質問の方の場合
努力を重ねてきたけれど、結果として
得たい感情を得られたわけではなく
喪失感が大きかった
ということがわかります
時代背景的には、バブル世代ですし
一生懸命、勉強もして
大手企業に就職し、
見た目も老けないよう、努力する
そのことが◎とされてきた世間の空気感
のほうを、自分の感情より重視してしまったのかもしれません。
世間の空気感というのは、侮れませんよぉ
私の周囲にも、見当たります。
世間の空気感 を、より重視している人というのは
少し話すと、すぐにわかります。
見栄っ張り
目立ちたがり
我が強い
ブランド好き
という特徴があります。
自分のことが好き
これは望ましいことなのですが
自己愛が強すぎる
これは全く違うことなのです。
これはまた違う機会に書きたいと思います。
結論ですが
幸せは自分の魂が喜ぶこと
なのであって無責任な世間の風潮に流されていると
後々、後悔することになります。
ご質問者につきましても、
自分自身を見つめなおす、よいチャンスなのでは・・・
と、思います