父の誕生日も書いたので
(他人の親の話なんてつまりませんが、
しばしお付き合い下さると嬉しいです)
今日は母の誕生日、
生きていれば83歳・・・
(2019年死去)
昭和17年(1942年)12月16日生まれ
射手座、午年、四緑木星、天王星人+、B型
母を一言で言うなら金の亡者・・・
俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノ
を地で行く強欲人生💰💰💰
(こんな女に捕まった男の末路は
悲惨としか言いようがない)
母は田舎の裕福な農家の出身で
4人兄妹の末っ子として生まれた
長姉とは17歳、長兄とは12歳、
次姉とは6歳と離れて生まれた子で
甘やかされて育ち、いわゆる
田舎のお嬢さまだった
気が強くワガママな性格は、
幼い頃からで、世間体を気にする親は、
ヤンチャな娘(母)を持て余し、
中学卒業後、京都の遠縁の家に、
家事手伝いとして預けた
その親戚は、京都市内で
歯科を開業しており
いわゆる「ええとこの家」
親からすれば、ヤンチャな娘を
上品な身内に預ければ、行儀作法が
身につくと考えたんだろうけど、
暴れ馬(母)を、飼い主の目の行き届かない
野に放てば、馬からすれば渡りに船
母は、遠縁の家で甘やかされ、
自由を手に入れ、勘違いしたまま
10代の後半を謳歌する
そして、そこで父と出会う
父は、母のドストライク(笑)で、
大恋愛だった(らしい)
猫を被り続けて?
4年くらい付き合ったのかな・・・
20歳を過ぎた母に見合い話が
持ち上がったのをキッカケに、
父が母の実家に結婚を申し込みに行く
すると、母の両親は・・・
「貧しくて、どこの馬の骨ともわからない
男なんかに娘はやれない」と猛反対・・・
しかし、誠実で善人過ぎる父は、
母の実家に何度も足を運び許しを乞い、
その父の誠実さに、親が根負けし
母は父と結ばれた
(母が22歳の時)
裕福な農家の世間知らずなお嬢様と、
京都の貧しい大家族の四男坊、
生まれも育ちも価値観も性格も
何もかも違うふたりの結婚・・・
どこまでも自己中心的な母は、
すぐに本性を現した・・・
(思い通りにならないと発狂し、
挙げ句の果てに気を失う、男を家に引っ張り込む、
カードで買い物しまくり支払いを滞納、
ブラックリストに載る、複数の愛人 等等)
私が物心ついた頃には、
母は阿婆擦れで金の亡者だった
オトコ好きも酷かったけど、
お金に対する執着心はもっと凄かった
私は、学校で必要な費用も
怯えながらお願いし、それでも
出して貰えない時があったり、
父が、タバコ代の小銭を母の財布から
持ち出すと、お金を盗んだと発狂し
明け方まで喚き散らした
私のお年玉や貯金箱のお金を
使い込むなんて当たり前、
父から給料を全て受け取りながら
足らないと叱責し要求する、
なんてのは日常茶飯事だった
それでいて、自分が働いたお金は、
鐚一文出さないし、とにかく
人のものだろうが何だろうが、
父や私から搾取出来るものは
すべて搾取しないと気が済まない
そんな人間だった・・・
(「お嬢様」が聞いて呆れるわ 笑笑
てゆーか、そんなにお金が好きなら
金持ちと結婚しろって話)
いつだったか、母が私に言った
「お金しか信じられへん」
父や私には、とことんお金を使わず、
さぞ、貯め込んでるだろうと思われたが、
母が死んで、片付けをしていた家で
見つけた通帳に記載されてた数字は、
私の想像より、ゼロが
2つも3つも少なかった(笑)
母は長年、スナック経営をしていたし、
父も亡くなる10ヶ月前まで働いていた
何に使ったん?
なんで、そんなにないん⁈
シンプルに疑問だし、不思議だった(笑)
そんな母は、父亡き後、長患いすることもなく
長年の愛人に看取られ、あっけなく死んだ
肝不全だった
お金に執着し続け、お金だけを信じ、
乳繰りあったオトコに看取られて逝く
母らしいと言えば母らしいが・・・
父は苦痛に歪んだ顔で逝ったのに、
うっすら笑みを浮かべていた母の
死に顔を見た時、私の中に
静かな冷たい怒りが・・・
「込み上げた」と言うより
永久凍土のように溶けなくなった
やっぱり神様は居ないと思った
あんな生き様でこんなに楽に
逝けるなんて、辻褄が合わない・・・
父が亡くなって泣けない私が
母の死で泣けるわけもなかった
生きてたら83歳か・・・
あの女が天国なら、私は地獄に行きたい

