父の日だそうで・・・
(画像はお借りしています)
母の日に母のことを書いたので
父の日には父のことも書こうと思った
ちょっと前から
何度も下書きしては
寝かせて読み返す・・・
しっくり来ない・・・
どんな文章もピンと来ない
母をD(恫喝)・K(脅迫)・B(暴行)
で、表せたように
父のことも表現しようと
思うのだけれど・・・
頭の中が真っ白になる
一言で言えば・・・父は、
仏のように優しかった
慈悲深く、誰からも好かれ
父を嫌う人は居なかった
私は人生で一度も、父から
叱られたことも怒られたこともない
ただ・・・
文章に出来ないのは
私が、晩年に気付いた
父との関係性による
ところが大きいと思う・・・
子どもの頃
大好きだったはずの父を
晩年は好きではなくなった・・・
酷い娘である。
その辺の心中を死ぬまでに
表現出来るか否か わからない
ただ・・・
複雑な心中ながらも
ハッキリ言えるのは
可哀想な死なせ方をしてしまった
ということだ
父が末期癌で最後の入院をした時
私は、母から父を守ることが
出来なかった・・・
母は・・・
末期癌で点滴に
繋がれている父に・・・
「入院代、なんぼかかる
おもてんの!!
アンタのお兄さんに電話して
お金、都合してもろてっ!!」
と、病室で喚き散らした
お金がないワケではない
父の為に、お金を出したくないだけだ
母は、お金が減らない為なら
瀕死の父にも平気で
金策を強要出来る
餓鬼畜生以下の阿婆擦れだった
心身ともに弱りきっている父は
点滴棒を携えながら
車椅子で公衆電話まで行き
実兄に金の無心をさせられた
(実兄は母を知っているので
もちろんNOと言う)
もちろん、父は実兄に
お金を借りるなんてしたくない。
でも、そういう姿を見せなければ
母の怒りが収まることがないからだ
(そうしたって収まらないんだけどね)
母の怒鳴り声は
病室から漏れて響き渡り
母の人間性は
おそらく病院内で
知れ渡っていただろう
だけど、虐待で殺される子どもを
救えないのと同じで
他人は介入できないんだよね
医師やナースが
父を可哀想に思ったとしても
病院側のシステムとして
転院を余儀なくされ
父は姥捨山のような
場末の病院に入れられた・・・
その病院がイヤで
父は真夜中に這いつくばって
脱走を試みた・・・
(転移で歩けなくなっていたので)
しかし、それは叶うはずもなく
父はいつしか ただぼんやりと
そこに居るだけになった
あの時・・・
もし、私に勇気があれば・・・
どこかのタイミングで
私が父を面倒見ると言えていれば・・・
私にお金があれば・・・
私が強ければ・・・
母と刺し違える勇気があれば・・・
でも、私には出来なかった
なぜなら、父に手を差し伸べたら
私のことを「父の愛人」のように
目の敵にしていた母が
否が応でも介入して来るから。
私はやはり、母と関わりたくなかった
母の攻撃が、
自分に向くのも嫌だったのだ・・・
私に優しさと
力や勇気があれば
父をあんなに可哀想な
死なせ方をさせずに済んだ・・・
母が私にした事は
前に書いたように
最早、何も感じず
私は「無」だ
愛情の反対は憎しみではなく
無関心だから。
あんなオンナを
憎んでなんかやらない。
しかし、母が晩年、
父にした事だけは
今も許せない
父をとことん苦しめ
自分は愛人と好き放題
最期は愛人に看取られ
死に顔に笑みまで浮かべていた
生き様は死に様と言うが
本当にそうだろうか。
あんなに人を傷つけて
身勝手に生きた母が
穏やかな死を迎え・・・
誰からも好かれ
みんなに優しかった父が
あんなに苦しみ抜いて
死んでいったこと・・・
どう考えても おかしい
ただ・・・
そんな母から
逃げなかったのも
他の誰でもない父だ・・・
晩年の病室で、
私は泣きながら父に言った
「なぜ、あんなオンナから
全力で逃げ出さなかったの!?
もっと早く逃げていれば
(父にも)違う人生があったのに!!」
と、父とふたりして泣いた。
父は弱かった
そして、私も弱かった。
だけど・・・
私は半分、母の血が
混ざっているので
やはり薄情なんだと思う・・・
ワタシは・・・
餓鬼畜生以下の阿婆擦れと
弱過ぎて優し過ぎた男の
ハイブリッドなんだよね
ごめんね、父さん
夫婦は二世、子は一世
と云うけれど、
もう二度とあのオンナに
捕まってはダメだよ・・・
もし、来世を迎えねばならないなら
父、母、私はみんな他人でいようね
どうか、そちらでは笑っていて・・・
穏やかでいてほしい。





