こんにちは。
ブログへご訪問ありがとうございます。
今日のブログは「大切な人を見送った後、自分の悲しみに寄り添えていますか?」のお話です。

最近、亡くなったご家族に関するお話やセッションが続いています。
その中で、気づいたことがありますので、(必要な方へ届きますように)書いてみたいと思います。
それは、
亡くなった方が癒されること(天国に上がること)
と
その出来事を経験した自分自身が癒されること
は、別物ということです。
例えば、
・亡くなったご家族が安らかに過ごしていることを知り、ほっとした。
・伝えられなかった想いを伝えることができた。
・「今は痛みを感じていない」というメッセージを受け取り、安心した
そういったメッセージを受け取ることで、
亡くなった方への心配や不安は和らぎますよね。
特に病気でご家族が亡くなった時や
体の痛みや心の痛みを感じていた場合
今は大丈夫かしら。
と心配になりますので、
「安心して。」
と言われると、すごくホッとし自分自身も癒された気持ちになるかと思います。
そして、ここからが大切です。
亡くなった方が安らかであることと、
残された自分の悲しみが癒されることは別です。
・出来事を理解すること
・現実を受け入れること
・意味を見出すこと
・納得すること
はできても、
悲しかった
寂しかった
苦しかった
会いたかった
そばにいたかった
もっと話したかった
という感情は十分に感じ切れていないことがあります。
特に優しい人ほど、亡くなった方のことを心配します。
亡くなった方が苦しんでいないか。
寂しくないか。
ちゃんと天国へ行けたのか。
そんなことを考えます。
そして、
亡くなった方のために涙を流します。
でも、その出来事を経験した
自分自身の悲しみには、あまり意識が向いていないことがあります。
本当は、大好きな人を失って悲しかった。
本当は、会えなくなって寂しかった。
本当は、そばにいてあげられなかったことが苦しかった。
そんな感情がそのままになっていることが実際多いのです。
大切な方が亡くなったときの癒しは、
出来事を理解することだけではありません。
また、相手を許すことだけでもありません。
スピリチュアルな意味を知ることだけでもありません。
その時の自分が感じた悲しみや寂しさ、
苦しさや絶望感に寄り添うことも、
大切な癒しなのです。
もし、過去の出来事について、
「もう乗り越えたはず」
と思っていることがあるなら
その時の自分に問いかけてみてください。
「あの時、本当はどんな気持ちだった?」
「私は十分に悲しめた?」
「私は私自身に寄り添えた?」
と。
もしかしたら、今も心の奥で、あなたに
気づいてほしかった感情が待っているかもしれません。
そして、その感情に寄り添うことは、
決して後ろ向きなことではありません。
それは、過去に置いてきた自分を迎えに行くこと。
本当の意味で自分を癒していくための、大切な時間なのです。
もし、今日のブログで何か感じることがありましたら
それは、あなたの中にまだ解放できていない感情があるかもしれません。
そんな時は、自分の心に寄り添い、
よく頑張ってきたね、
と声をかけてあげてください。