本日3記事目


重要記事《謝罪》 






  ​前回の記事。父のヒストリー






父のヒストリーを聞いて

わたしの理想と、

父の愛情の形がただ違うだけだと知り


わたしは父からずーっと大事にされてもきたんだ、と

気がつきました。



そして、

母にも子供時代の話を聞いてみました。


母は6人きょうだいの4番目。

自分は真ん中でほおっておかれた、と話しました。


母も、実は父のように1年間だけ親戚宅に養子になったことがあり

母の場合は3歳児で、子どもがいない夫婦にもらわれたそう。





その時のことを母は小さいながらに覚えていて

やはり母も玄関に座りずっと家族が迎えに来るのを待っていた。


ある日その夫婦に子供ができ、

母は庭と繋がるりんご畑に、まるで犬か猫のように返されたらしい。


家に戻った母は、壁に頭をうちつけて

ものすごく大きな声で泣いて、泣いたらスッキリしてしまった。





その時に、もう親を「見限り」、当てにしないようにもなった、

とはなしていました。


また、

母の母親はマシンガンにまくしたて、ズケズケと批判するタイプ。

父親はだんまりで、


母はその親の喧嘩が嫌で、

女の人があんなふうにヒステリックに怒るのは嫌いだった。





家庭を持ったら、自分は子どもにあんなケンカを見せたくない。


があり、


愛情の形は、


子どもの前で怒らない、ケンカをしない。


だんまりでいることは、母の愛情だったのです。



父と母の愛情は確かにあり

わたしは両親から色んな形で愛され、大事にしたと理解し、


わたしは長い大反抗期を終えたのでした。





☆父には、2012年からの反抗期中にぶちギレられ絶縁となり、

2018年に再会し、和解しました。



絶縁から5年



再会の時。


再会後、父とめご子なわたしで、4年8ヶ月過ごせました。


母は私に愚痴るのをやめた翌年に家を出てシェルターへ。

その後、父と離婚成立。


父は家族をもう失いたくないと必死だった子供時代を経て

結婚してもいつも誰かが自分から離れる妄想をしては

私たちをつなぎとめるために暴力をふるったかもしれない。


(わたしがインタビューしてる時、父は家族からいつも「はんつけにされる」(津軽弁で仲間はずれ)と言っていたのが印象的でした)



不器用な父のヒストリー

親を見限っていた母を知り

あれが親の精一杯の愛だった、とわかった。


わたしは、

もう、何もしなくとも、頑張らなくとも

生まれた時から親の愛情を注がれてきためご子。


大人ぶった理解者をやめていい。


愛されていた、と気がついたら

もう反抗期はおしまい♡




Meg.