数日前の夜のこと。
突然だった。
心臓の鼓動が大きくなって
地面がグラグラするような感覚がきて
私の手が少し震えだした。
私の体にきたその感覚は、パニック発作になる手前のもの。
本当の発作はもう10年以上でていないんだけど
「あっ本当にくるかも!」っていう感覚は、すぐにわかった。
とてもとても怖かった。
でも、発作にはならなかった。
薬を飲んで、家族に「しんどい」と伝えて
「こわいよー」「ごめんねー」って自分にぶつぶつ言いながら、部屋をぐるぐる歩き回ったら
30分くらいで薬が効いて治まった。
原因はすぐにわかった。
私が思っていた小さな小さな不満。
それを表に出してしまったら
大切にしようとしたものが壊れてしまうんじゃないかという
私の勝手な勘違いで
自分に我慢をさせていた。
その不満は小さな擦り傷のようなもので、普段は忘れているのに
心臓の鼓動が大きくなったとたんに
「これでしょ」とハッキリ目の前に突き付けられたような気がした。
◇◇◇◇◇
10年前、パニック障害と診断された私は
どうして私がパニック障害になったのか、理由が知りたくて
理由がわかれば治せると思って
ネットで調べたり、たくさん本を読んで
書いてある方法を試していったことで、
なんだか私の病気はよくなったんだけど
やっぱりどうして私がパニック障害になったのかはわからなかった。
もちろん病院で治療も受けていた。
それから5年くらいして
テレビで偶然見た心屋仁之助さんのブログを読み始めた。
その中の一つの記事に、私が知りたかったことが書いてあった。
<<一部抜粋>>
その「警報器」がなった理由を探して
ガスの栓を止めるのが私たちの役割です。
逆に言えば、
ガスの栓を止めてないのに
警報器だけ止めてしまったら
もっと最悪ですよね。
症状を「退治」「敵視」するのではなく
そこに躍起になるのではなく
警報器は消えるのです。
だから、「症状」は止めてしまうと
元栓を見つけたかどうか、
バロメーターがなくなってしまうんです。
警報器だけ消して
そのままにしておいたら爆発するよ。
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そして、これは
「医療」の知識があるほど、
危険だということです。
知識が邪魔をしてしまって
ガス漏れという根っこを
「気を付けてくださいね」
「警報器が鳴らないように、上手にガスを漏らしましょう」
と言ってるようなものだから。
うつ や パニックは「病気」という「症状」「状態」かもしれません。
でも、正常作動した警報器を
「壊れて鳴りだした」なんて言わないであげて。
「勝手になりだす不良品だ」とか
「専門家でないと、二度と鳴らないようにできない」とか。
ちゃんと、警報を鳴らしてくれたのです。
ならないようにしたら
あかんで。。
◇◇◇◇◇
これも読んだなぁ
これは去年の
◇◇◇◇◇
数日前の夜、私はパニック症状が治まるまでのあいだ
ぐるぐる歩き回りながら
自分の気持ちを無視していた自分に謝っていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。我慢させてごめんなさい。気づかなくてごめんなさい。」と。
でも途中でぢんさんのブログを思い出して
「ううんそうじゃない、体が教えてくれてるんだった」って思いなおせたけど
今から思えばあの「ごめんなさい」は
発作を起こしそうな苦しい最中に
自分をけなして、またかとバカにして、お前はいなくなれと
実は自分を罵っていた言葉だった。
「お母さん、私がいることで苦労をかけてごめんなさい。」
「お母さん、私迷惑かける悪い子でごめんなさい。」と、
今でもあの頃のお母さんに謝っていたみたいだった。あー書いててつらいなー。
こういう思いは
自分で気づいて「もういいよ」「もう大丈夫だからね」ってわかってあげても
悲しいよー
さみしいよー
大切にしてよー
忘れないでよーっていう
あの時言いたかった気持ちを隠しながら
不安や不満として、時々顔を出す。
だからまた、もう一度来た小さな自分と話をしよう。
同じように、今の大人の私の願いをちゃんと口に出してあげよう。
と、思った。(そしてすぐ叶う願いは口にした
30分後、症状が落ち着いたとき「この怖さを聞いて!」と思って
その場にいた家族に「怖かった」と言って抱きしめてもらい
私が2年半前に通ったマスターコース(カウンセリングスクール)の仲間にも聞いてもらった。
10年前には誰にも頼れないと思っていた私が
今こうして家族に、誰かに甘えることができるようになった。
小さい頃から一人で生きていかなきゃと
野良猫のように誰にも懐かなかった自分のことを思い出せば
それだけでけっこう自分に優しくなれる。
よく頑張ったなぁ
よくやってきたなぁ
そうだよ、よく頑張ったよ。
よくやってきたよ。
よく生きてきたよ。
そう自分に言ってあげたいと思う。
おわり

