こんにちは、詩乃です。
前回は、“業因のパターン”についてお話をしました。
今回は“業”の盲点についてお話をします。
意外と盲点な〝業〟の積み重ね
今回は気づきの中でも特にお伝えしたかった
「意外と盲点になりやすい〝業〟の積み重ね」についてのお話です。
前回、“業の迷路”という表現を使いましたが、
実はこれ、サラッと話したわりには なかなか厄介な現象 なんです。
というのも――
気づくべきタイミングで“業”を清算できないと、
業因は「まだ理解されてない」と判断して、
もっとハッキリした形で現れてくるからです。
最初は軽いサインだったものが、
「これなら気づくでしょ?」というような
よりわかりやすい(=悪化した)シチュエーションへと変わる。
そして、それからも目をそらし続けると……
次はさらに強烈な形でやってくる。
まさに、悪循環のスパイラル。
もうひとつ、意外と見落としやすいのが 責任転嫁 です。
責任転嫁とは、端的に言えば
自分以外のものを“アテ”にして状況を乗り切ろうとする行為。
ここで言う“アテ”とは、
自分が本来持っていないエネルギーを借りている状態 とも言えます。
そして、借り物には必ず ツケ(=代償) が発生します。
ツケには利息がつくように、
他人の力に依存すればするほど、
時間が経てば経つほど、
返済すべきエネルギーは膨らんでいきます。
その結果、
本来の問題よりも、はるかに大きな負荷となって返ってくる。
これもまた、“業”の積み重ねが見せる一つのパターンだと私は考えています。
〝業〟は昇華させるための“きっかけ”
ここまで読んでくださった方は、
私が今回 “業” に対して感じた別の側面を、うっすら掴んでいただけたかもしれません。
ここで、もう少し補足をします。
私が今回の解釈で
「業は、昇華のための“きっかけ”なのでは?」
と感じた理由は、
“業”そのものには善悪がなく、
ただの“素材”にすぎないと気づいたからです。
先日お話ししたように、
• 原因としての“業因”
• 結果としての“業果”
この二つが揃って、はじめて流れが生まれる。
でもここで、ひとつ大事なポイントがあります。
“業果(=良い結果)だけ”では、人はなかなか業を昇華できない。
なぜなら、人は自分にとって良いことが起きているとき、
その要因を深く探ろうとはしないからです。
「嬉しい」「ラッキー♪」で終わってしまい、
それがどんな原因から生まれたかまでは考えない。
多くの場合、人は
状況が悪くなったときに初めて
「何が原因だったんだろう?」
「どうしてこうなったんだろう?」と振り返り始める のです。
そして、その振り返りを真摯に受け止め、
“自分の責任”として解消しようと向き合ったとき、
ようやく “業” という素材が 自分の糧に変わる。
私は今回の気づきを通して、強くそう感じました。
今回はここまで。
次回はこのテーマの最終回 “業因”も“業果”も活かす方法 をお話ししたいと思います。