こんにちは、詩乃です。
“自業自得”という言葉——きっと誰もが一度は耳にしたことがあると思います。
辞書を開いてみると、
自分の行いの報いを、自らが受けること。元々は仏教の言葉。一般には悪い行いの報いとして使われることが多い。
ーー出典:小学館
私は以前から“業”という、人の行動の奥にある力に興味を持っていました。
けれど今年は特に、その“業”について深く向き合う瞬間が何度も訪れたんです。
そして、そのなかでふと、“業”の新しい輪郭のようなものが浮かび上がってきたんです。
そこで今回は、最近私の中で生まれた“業”の新しい解釈をお伝えしようと思います。
業についてのこれまでの認識
あなたは“業”について、どんなイメージを持っていますか?
私の“業”に対するイメージは、
“業”=エゴや悪業、悪行の報い
というものでした。
だから私はずっと、
〝業を積む〟=よくないこと、罪深いこと
という認識を強く持っていたんです。
でも、“業”にはもともと
「なりわい」や「おこない」
といった意味も含まれているんですよね。
さらに、何事もそうですが、
どちらか一方の側面しか知らないと、比較対象がなくて基準がわからなくなる。
そう考えていくと、“業”に対して
一概に「悪いもの」と決めつけられない気がしてきませんか?
業は自分の“学び”を見直すためのトリガー
今年、私が〝業〟について深く考えるようになったきっかけは、自分の過去の“おこない”を振り返ったことでした。
少し話が逸れますが、私は九星氣学で本命星が九紫火星という星に生まれています。
この星は「学ぶこと・考えることが好きで得意」という性質を持っていると言われています。
実際、私も例に漏れずこれまでたくさんのセミナーに投資し、学びを続けてきました。
そんなふうにして私は多くの学びに触れてきましたが──
ふと振り返ったとき、ある似たような場面で、いつも同じところにつまずいている自分に気づいたんです
そしてその“つまずき”は、経験を重ねるほど少しずつ大きな問題へと育ってました。
そのとき初めて、
「これはただの問題じゃなくて、私にとっての“業”なんじゃないか」
と強く感じたんです。
それが、今年の私が〝業〟について深く向き合うようになった大きな理由でした。
業は魂の学びのサイン
私はこれまで、“繰り返される物事には必ず意味がある”と感じていました。
そして経験を積み重ねていくうちに、次のような考え方が自分の中に芽生えたんです。
「物事が繰り返されるのは、そこに“学ぶべきこと”があるから。
それを無視し続けると、学びは自分に気づいてもらおうとして、だんだん問題を大きくしていく。」
この考え方は、やがて私の中で静かに、そして確かに大きく育っていきました。
もちろん、私はこの考えが間違っているとは思いません。
けれど今回“業”についてさらに深く向き合ったとき、
その考え方だけでは、どこか説明しきれない部分がある…
そんな感覚がふっと湧いてきました。
次回は“業”の裏表についてお話しします。