こんにちは、詩乃です。
突然ですが、今日は“ゾンビ”についてお話します。
なぜ急にゾンビ?と不思議に思うかもしれませんが、実はこれ、昨晩私が見た夢がきっかけなんです。笑
夢は、私たちの心の奥底を映し出す鏡。
楽しい夢もあれば、不安やモヤモヤがむくむく湧きあがってくる夢もあります。
そうした夢が表しているのは、大抵「今、自分が無意識に感じていること」─つまり、心の投影なんですよね。
ところで、九星氣学には“同音異義語”に注目するという面白い見方があります。
たとえば今回のキーワード「くさり」──
「鎖」と「腐り」。
一見、真逆のイメージを持つ言葉ですが、九星氣学の視点では、音に宿る共鳴から“隠れた共通性”を見出すことができます。
【鎖 と 腐り】──ここに共通するワードは「余白のなさ」です。
• 鎖(くさり)=結びつけるけど、拘束する。自由を奪う。硬く縛られる。身動きを封じられる。
• 腐り(くさり)=余裕がなくなると、物事が壊れていく。崩壊の兆し。限界。
→この二つはどちらも、「健全な余白がなくなった状態」と「限界のリミッターが近づいている状態」を表しています。
そして、心が鎖でガチガチになっているときは、“防御的“で“攻撃的“、“排他的“となりますが、この“余白のなさ”が心に蔓延すると、人は防御的になり、周囲への攻撃や排除に走りがちです。
実は、ゾンビたちの無差別な襲撃や群れでの行動は、まさにその象徴のようにも見えませんか?
私はこの心の状態が、最近やたらと目にする“ゾンビもの”(映画、ゲーム、アニメ、広告…)ブームの一端を担っているのではないかと感じました。
人は不安になると自然とその対象への対処法を探し始めます。
「あらゆる抑圧で心身ともに縛られ(鎖)、自分の一部がどんどん腐りかけているように感じる恐怖」⇨「その恐怖をなんとか打ち消したい」⇨「何かに投影して排除すればいいのでは?」⇨「腐っている人間」⇨「ゾンビをやっつけるもので心の不安を排除しよう」
のような?
でも、考えてみてください。
ゾンビ映画などに恐怖を投影してその場の不安を解消しているはずなのに、なぜ世の中には延々とゾンビ関連のものが、それこそゾンビ並みに増え続けているのでしょうか?
それは、不安をゾンビに投影して“排除する”という行為がうまく行ってないからではないでしょうか?
ゾンビも元を正せば人間です。
今までの“ゾンビもの”ではこのゾンビを排除する方法は“殺す”の一択でしたが、本当にそれしか対処の仕方がないのでしょうか?
今、多くの“ゾンビもの”のなかで生きているゾンビは未来のあなたの姿かもしれません。
それを、“不安”や“恐ろしい”の気持ちだけで簡単に排除していいのでしょうか?
そのゾンビが実際はあなたのとても大切な存在の人ならあなたは簡単に切り捨てられますか?
─もしかしたら、ゾンビとは「排除すべき恐怖」ではなく、
「理解を求めてさまようもう一人の自分」なのかもしれません。
私はこれからの社会では“ゾンビを排除”する世界よりも、その恐怖に向き合いそのゾンビを助けられる方法を広げていくほうが有効なように感じます。
例えば、その不安が自分の中から出るものであれば自分自身を見極め不安を解消する。
他人との人間関係からのものであればその他人の立場に立ち相手の思考を読み解く。
世の中の仕組みからくるものであればそれがどうしたら変えられるかを考えて行動する。
そうすることで、徐々に不安や要素は解消され、ゾンビを“排除”しなくても、共に生きていける社会─そんな未来を育てていくことが、今こそ大切なのかもしれません。
あなたの中に眠っている“ゾンビ”は、どんな想いを抱えているでしょうか?
もし感じることがあれば、コメントで教えてくださいね。