昔の受講生から質問がきた。


「鑑定をしているお客様から、パラレルワールドと異界のようなものの違いがあるかを聞かれました。そのお客様の経験では、いつもの慣れているはずの場所に入ったらそこには見知らぬ人が何人かいて、しかも様子がおかしくとても陰鬱な感じなのだというのです。そんな経験が2回あり、場所は違うのだが知っている人がいないことと雰囲気が暗く不気味な感じだということは共通しているそうです。よく耳にするパラレルワールドというよりも異界といわれているものに近い感じがするそうです。パラレルワールドと異界の違いは何なのか❓なぜそんなことが自分に起こるのか❓と質問されました。武藤さんに聞いてみると答え、時間をいただいています。」


質問の部分をそのままで書いた。


私としては、異界もパラレルワールドと言って構わないと感じる。

パラレルワールド経験がある方の話を聞くと、現実とはほんの少し違っていたというものや、周りの景色や人の様子が昔に戻ってしまっていたようだとか、実際には存在していない場所に迷い込んだようだとか、その他いろいろある。

異界と感じる要素はいろいろあるが、例えば周りにいる人に生気を感じなかった、見たことがない生き物がいた、聞いたことのない言語を話していた、看板の文字が何かの図形のようなものだったとかその他、理解し難い経験があるようだ。

垣間見た世界の様相はいろいろだが、それらは同時並行に展開している世界なのでパラレルワールドとしていいと思う。

細かく分けようと思えばいくらでも呼び名をかえられるだろうが、例えば霊界と呼ばれている世界であっても私たちが普段見ている世界と比べて異世界のように感じてしまうだけだ。

同時に展開しているから、時々迷い込んだり垣間見えたりする。

私たちが体験している現実世界も幻であることを考えれば、結局はどこを体験するかの違いだけだ。

異世界と思うのは、なんとなく不穏で不可解な感じがするからなのかもしれない。


なぜ自分にそのようなことが起こるのか❓についてはやはりその方のその時のエネルギー状態に関係しているはずだ。

でも、エネルギーが良くない❓とか、波動が低いからそこに繋がる❓と落ち込む必要もない。

一次的なものかもしれないし、一次的ではないという場合であっても光のワークで改善できる。


私も高校生の頃に少し怖い体験があった。

何処へ行ったのかは覚えていないのだが夕方で、バスに乗って家に帰った時のことだった。

バス停で時刻表を見るとバスは行ってしまった後で、だいぶ待つことになるのがわかった。

いつもならば歩いて帰ろうと思うのだが、その日はなんとなく疲れていたのでそのままベンチで待とうと思った。

その時に時刻表では来ないはずのバスが来たのだ。

私は、(バスが遅れたのだ)位であまり考えることもなく乗ってしまった。

乗ってから、なんとなくいつもと雰囲気が違う感じがした。

乗客は私一人で、バスの中が暗く感じる。

ハッキリと違和感に気づいたのは3つ目位先のバス停を過ぎた時だった。

バス停に年配の女性がバス待ちをしているのに、バスはそのままそこを通り過ぎたのだ。

しかもバス待ちしている女性の様子がおかしく、まるでこのバスが視界に入っていないようなのだ。

急に怖くなってきて、運転手の様子もおかしいことに気づいた。

私が乗ってから一言も声を発していないし、ただ前を向いたままバスを走らせている。

そう気づくと運転手の後ろ姿も暗く見えてきて、窓の外とバスの中の世界に隔たりがあるように感じられてきた。

怖くなった私は降車ボタンを押した。

自分が降りたいバス停だったのか❓確認をしないままで押したのか❓の記憶が曖昧だが、「降ります❗」と言っていたような記憶がある。

バスは心配をよそに次のバス停で止まり、ドアもちゃんと開いた。

慌てて降りたら、私が降りたいバス停だった。

ホッとはしたが怖い体験で、記憶の中では運転手の声は一度も聞いていない。

その時はどうしてそんなことが起こったのかなんて全くわからなかった。

でも今ならわかる。

その頃は父親の体調がすぐれなかった時期だった。

でも体調が良くない位で、まさかそのほんの数ヶ月後に急に父親が他界するとは知る由もなかったが、私の奥深くに意識できない大きな不安があったのかもしれない。

今思えば、その頃は何も楽しめない、言葉にならない何かがあったように思う。

そんな私のエネルギーが不穏な世界に繋げたのかもしれない。


人には皆そんな時があり、その変化に気づく場合もあれば全く気づかないこともあるのかもしれない。

でもきっとすぐ隣り合うように重なり、同時並行で展開している世界はたくさんあるのだ。

私たちの想像など全く追いつかない無数の形をとる世界が常に一瞬の中に展開しているのだ。