「たったひとつの真実はワンネスなんだと頭では理解していても、いつも何かが足りないようで不安になるのはどうしてなんでしょう❓」
とLINEが来た。
私がブログで「両極が当たり前」みたいなことを書いたのを読んで疑問をくれた。
昔、霊視講座を受けてくれた方からだ。
遠くから通ってくれた方で探求中の方だ。
真我を求めての探求は矛盾だらけだ。
探求自体がエゴだと気付くには、探求するしか方法がない。
探求なんて考えていない中で悟る人も今はたくさんいるけれど、探求を通してワンネスに気付くと決めた魂はやっぱり探求をしていくしかない。
探して、求めて、悩んだり苦しんだり、やり尽くして、諦めの状態になると突然探求自体がエゴだと気付いて笑ってしまう。
私の場合は、空き巣に入られたり、探求に行き詰まり諦めの心境になったり、絶望的に見ている世界が楽しくも輝きもないと感じた時に、不意にワンネスに触れる。
本当に真我も唯一無二の神なるものも意地悪だなぁと思うけれど、確かに何か自分にできると思っているうちはワンネスには触れられない。
でも説明なんか到底できないけれど、そんなこと全てに唯一無二の無垢なるものを感じてしまう。
何かに向けて求めたり、頑張ったりしているうちは求めるものと求められるものに分かれてしまっている。
意識するものと、意識を向けられるものになってしまうのだ。
でも頭だけでもわかっていれば大丈夫だ。
不安の中で四苦八苦したり、何かをみつけて努力してみたり、やりたいことは信じてやればいい。
何かになろうとして頑張る中で、何にもなれていないことに気付いたり、求めても求めても何も掴めていない絶望の中で、それは不意にやってきたりする。
本当に時々、不意に、ほんの一瞬かもしれないけれどワンネスの方から触れてくる。
それはずっとひとつであると触れてくる。
そしてまた完全を求め出すと、ひとつであるものを自分が分けてしまう。
でも分かれていると勘違いしているだけだと知っていれば大丈夫だ。
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