あの日から1ヶ月。。。 | キッザニア甲子園を楽しむ!!

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2015年2月17日(火)


20年前のあの日から更に1ヶ月が経ちました。


あの日の記事を読んで不快に思われた方は、

この記事をスルーしてくださいです。



20年前のあの日の記事はこちら ←クリック!!

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ブログって多分、記事を読んで頂いた時に

嫌われないことを書くのが無難だと思います。


でも、どうしても、書いておきたくて。。。


上の記事を書いた理由も触れつつ、ちょっと。。。


前に自分の入院日記を書きましたが、自分の

病気って、発見が遅れると余命何ヶ月って

言われるかもしれない病気でした。


病気の疑いがほぼ確実になった時、頭に浮かんだのは、

お金のことでした。


自分が居なくなっても、生活が出来るのか?って。

居ても生活出来ないかもですが。。。


次に浮かんだのが、余命何ヶ月ってなった時に、

自分が居なくなってから、娘が

泣くんじゃないかな?って。


その時だけならいいけど、その後も何かある度に

自分のことを思い出して泣いてしまう。。。


性格も暗くなったらどうしようかと。。。


娘も自分の記憶が残る年齢になってるから

どうしよう。。。って。


娘は、これから色んな人に出会って、楽しいことが

たくさんあるのに、自分との記憶が邪魔に

ならないかな?って。


もし、自分に何かあったら、自分のことは

忘れて欲しいな~。って。


嫁さんのことも心配。。。


そういった自分の体験から、先に亡くなってしまう方は

残された方のことを考えるのではないかと。。。


よく、の直前に今までのことが走馬灯のように。。。

って言うじゃないですか?


でも、あれって、自分から見た光景に自分の姿は

映っていないと思うんです。


見える光景は、今まで見た風景と身近にいた方々、

あるいは、今までに出会った方々。。。


阪神大震災で、誰かを救うために失ったもあって、

それによって救われたもあります。


違いは、自分の場合は余命を告げられても、

伝えたいことを伝えることが出来ます。


阪神大震災で亡くなった方々は、それも

出来なかった方が多数だったと

思います。


でも、亡くなった方々は、残った方々がその後も

元気に生きることを望んで亡くなって

いったのかと。。。


あの日が近づくにつれて、あっちこっちで

イベントみたいなのがやってて、

1ヶ月もすれば、落ち着く。。。


震災の教訓を残す為なら分かるんですが、

亡くなった方のことを忘れないように。。。って。


身近にね。


亡くなった方がいれば、そんなことをしなくても、

決して忘れないと思うんです。


普段は思い出さなくても、その日は

思い出すと思います。


そして、20年前のあの日に何かを犠牲にして

助かった方もいるかも知れない。。。


そんな方の記憶を掘り返すんじゃないかな?って。


学校とかじゃ、亡くなった在校生のことを

忘れないように。ってのもあるかもですが、

あの日を知らない生徒を巻き込むってのも、

どうかと。。。


震災の規模、教訓的なものを伝える為なら、

解ります。


同級生を失った方は、かなりショックを

受けたと思います。


でも、それは個人の胸にしまうことかも。。。


自分がもし、阪神大震災で亡くなって、その日の

追悼式だけで生き残った方に会えるのなら、


「いつまで、しょんぼりしてるん?折角、

会いに来たんやから、笑顔見せてや。」


って言うと思います。


んで、

「ちょっとの間でも、一緒に生きてくれてありがとう。」

って。


多分、先に逝った方々も、元気に生きている姿、

笑顔を望んでいるのかと。。。


1ヶ月前に書いた記事は、いつまでもしょげずに、

元気に生きる。ってことが大事

なんじゃないかと。。。


元気じゃなかったら、亡くなった方に

お願いしても、いいと思います。


多分、助けてくれると思います。


そんなことを考えて書きました。


もう、20年も経ったんだから。。。



信じたままで 会えないままで どんどん僕は大人になる

それでも君と 笑っているよ ずっと友達でしょう


「BUMP OF CHICHEN」 「友達の唄」より



ここまで読んで頂いた方がございましたら

本当にありがとうございます


これからも、よろしくお願い致します。