1995年1月17日のこと。。。 | キッザニア甲子園を楽しむ!!

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今まで生きてきた中で忘れたい記憶って、

ありますでしょうか?


ちょうど20年前の1995年1月17日

阪神・淡路大震災が起きました。


読んで頂く方の中には、反発や不快を感じることも

書いているかも知れませんので、そういった方は

スルーして下さいです。


阪神・淡路大震災は、自分が卒業を間近に控え、

から社会人になる年に起きました。


幸い、自分の住んでいた地域は被災地の中でも

マシな方で自分の家族は避難生活の

必要はありませんでした。


でも、あの揺れはすごくて、生まれて初めて

死ぬかも知れない。と考えた日でした。


揺れが収まって、家を出た時の風景は

驚きでした。


今でも、小さい揺れが長い時間続いたりすると、

身構えてしまいます。


あの時の記憶が蘇って。。。


娘が生まれてから、一度だけ大きな揺れが

起きた時がありましたが、その時はとっさに、

嫁さんと娘に覆い被さりました。


時々、気になるのは災害後等によく聞く、

あの日を忘れない。って言葉。。。


忘れたい。って方も、いらしゃるのではないかと。。。


確かに、災害経験等は忘れずに

伝えていくことは大切なこと。


東日本大震災でも、言い伝え通りの行動をして、

多くの方々が助かった地域もありましたし。。。


そう言った事を後々に伝えるのは大事。

うん、災害のことを後々まで伝えるのは大事で大切。


でも。。。


そういった被災者の中には、大切な人を失った方も

いらっしゃって、そういった方の中には、

あの日を忘れたい。って方も

いらっしゃるかも。。。


それは、被災者でない方でも。。。


亡くなった方を忘れたいのではなく、

大震災の日のことを。。。


あの日亡くなった方
のことを忘れることは絶対無いと

思いますし、いつまでも想いとして

記憶に残っているかと。。。


そして、間接的に大震災の影響を受けた方も

いらっしゃるかと。。。


自分も、間接的に大震災に関わることで、

あの時、どうして、してあげられなかったんだろう。

こうしてあげれば良かった。。。って、

後悔する事があります。


忘れたい記憶です。


でも、普段の生活の中で埋もれてる記憶

この日は、掘り起こされてしまいます。


そんな類の阪神・淡路大震災呪縛今でも

苦しんでる方が、いらっしゃるかも。。。


忘れない。ってことは大切で大事なこと。


でも、記憶によっては、忘れる。

ってことも必要かと。。。


そんなことを20年経った今、不謹慎かもですが

考えたりします。



延べられた手を拒んだ その時に 大きな地震が起こるかもしれない

延べられた手を守った その時に 守りたかったのは自分かもしれない


君の存在だって もうずっと抱きしめてきたけど

本当に怖いから 離れられないだけなんだ


          (中略)


君の存在だって 何度も確かめはするけど

本当の存在は 居なくなっても ここに居る


僕らの時計は 止まらないで 動くんだ


「BUMP OF CHICKEN」 「supernova」より


↑この唄は初めて聞いた時から、あの日が近づくと

何故か、自分がよく聴く唄です。


阪神・淡路大震災で直接的・間接的に亡くなられた方々、

心より御冥福をお祈りします。



ここまで読んで頂いた方がございましたら

本当にありがとうございます。


これからも、よろしくお願い致します。