おとうさんが普通に戻ったら、私は幸せになれる。

 

母が笑ってくれたら、私は幸せになれる。

 

恋人が幸せだったら、私は幸せ。

 

大切な人が不幸なら、私はいつまでたっても幸せにはなれない。

 

私の幸せは、いつも外の世界にあった。

 

だから

 

どうにかしようと一生懸命、頑張った。

 

「私の幸せ」のために!

 

いつの間にか、私自身はおいてけぼり。

 

私の人生の主人公って、誰だっけ?

 

このアタシだよね?

 

私以外、もれなく全員が脇役なのに。

 

嫌われたく無い、事を荒げたく無い、ケンカしたく無い

 

いろんな言い訳しながら

 

本心の声を聞かないで、知らずに自分を脇役にしてた。

 

やがて自分の気持ちが解らなくなってしまう。

子供の頃、よく母から無視されて悲しくて


私が存在してないみたいで虚しかった。

 

それと同じように

 

自分の本当の声を無視したら

 

私の魂はだんだんと、声さえ聞こえない位のか細い声になっていき

 

やがて自分の力を無くしていくだろう。

 

自分を否定して、他人も否定して。

 

素敵な人の言う事に、自分を明け渡して簡単に言いなりになる。

 

私はイヤ!

 

おとうさんがどうであれ、周りがどうであれ

 

どんな時も「アタシの幸せの世界」に住む事に決めた。

 

主人公を取り戻すため

 

 

少しずつドス暗い心の声も聞いてあげるようにしていたら

 

他人の事を責めたり弱っちい心の声もでてきたり

 

自分を恥じる声もでてきてた。


そんな時

 

突然に、私のお腹の底から

 

怒りの叫び声が沸き起こってきた。

 

「自分の事を一ミリも恥じて生きるなーーーっ!!」って。。。

 

「私のあらゆる全て、隅々までを堂々と生きろ!」

 

「何を恥じるか??? ふざけんなーーーーーーーーーーっ!!」


突然沸き上がってきた、心の声はえらく怒ってた。

 

私の魂の声。本音の声。

 

その声が聞こえた時


私の心の窓が、ぱーーーーーーーーーーーーーーーーーっと開いた感じがして

 

心がすっきりし、いっぺんで幸せな気持ちになった。

 

そしてその瞬間、何気なく見上げた空に


綺麗に半円を描いた、とっても大きな虹を見た。

 

映画みたいな、できすぎたタイミングの良さに思わず笑ってしまった。

 

私自身の声を聞く勇気を持てば


すぐにでも私の世界が変わるのを


この日、しっかりと感じた。

 

無意識から私へのことづて

自分の人生を人に委ねない
自分のやりたいようにする
間違えなんてないんだから
あなたはあなたのまま
素直に生きてください
どうか、切に願ってる
頭でいろいろ考えないで
あなたのハートの奥を感じてごらん
人に聞いたって解らないよ
あなたの事はあなたが一番知っているのだから
大丈夫
心配しなくていいから
いつも見てる
ひとりぼっちじゃない
あなたの親友はあなたでしかない
何をしてもいいのだよ
素直に生きよ
あなたらしく素直に生きよ
あなたのピュアな部分、もっと見つめよ輝かせよ
素直に生きよ
頭を静かに
身体に心によく聞いて
せんさいな微細な声に耳を澄ませよ
あなたがつぶやくその声に
素直に動けば辿り着く 

 

おとうさんが2010年に発症してから、4月で丸6年になる。

それまで私は、昨日とそんなに変わらない日常は、

明日もやってくるし明後日もやってくるって、確かに思ってた。

あの日突然に亀裂が入って

平穏な日常が、まったくの幻想だったことを思い知らされた。

でも今となっては、昔のおとうさんの印象が薄れてさえいる事に、驚く。 

これは慣れたというだけじゃ無いような気がする。。

おとうさん本来の人間性のままに生きてるように感じるから、今の方がしっくりくるんじゃないかしら。



人って本来はわがままで、自分のやりたいように生きたい。誰だってほんとは。

嫌なもんは嫌! 好きなもんは好き!

腹も立つし、笑いたく無い時は笑わない。

したい事をして、したくない事はしない。

お世辞も言わないし、そもそも思ってもないことは言わない。

本来はそんな小さな子供のような自分をなんとか抑えて、みーんな生きてる。

大人になるってそんなもんだ、なんて。

そんな中で沸き起こる、心の内のありのままの自分の感情を、いろんな理由で押さえつけてる。

生きるための知恵? 大人としてのありかた? 空気を読む? 

人に嫌われない様に、後ろ指さされないように?

それとも引き寄せたいものがあるから? 

いろんな諸々の諸事情や、生まれた時から教えられた沢山のすりこみが

本来の私を、私のまんまの感情をねじ曲げて、苦しくさせる。

おとうさんもそうだ。

50代で鬱になっても、私たち家族のためにと思って仕事を休まず続けてきた。

好きでやってた趣味の絵さえ、評価のために縛られていた部分もあるように私には見えた。

70歳になっても安定剤や睡眠薬無しではいられず依存していて、

認知症の発症も、この沢山の薬が一因だったかもしれない。

皮肉な事に、発症してからやっと薬の依存症から解放されている。

いや、薬だけじゃない。

あらゆる不安、心配、昔の苦しい記憶、後悔、世間の目、絵の評価、、、

いろんなものから解放されたんだろう。

おとうさんの昔描いた暗い絵が、日に日に明るく描き加えられ変化している。

最近は全ての絵に、白い鳥二羽を描き加えていた。

正確に言えば白い紙を鳥に切り抜いて、油絵の上から貼付けていた!

おとうさんが描いてきた沢山の物悲しい風景には、

生き物が入ることなんてまず無かった。植物さえもあまり無い。

なのに『白い鳥』って、幸せの象徴だよ?!  

しかも普通の風景画の油絵に、紙を貼付ける斬新さよ!!!!



こんな人が私の父ってこととか、

今までの自分のやってきた七転八倒紆余曲折を振り返ると

私の人生のテーマは、心の自由なんだ。やっと解ったスッキリした。

本当に自由な人は、周りの人をも自由にする。

私は人の為に出来ることなんてたいして無い。残念ながら。

無責任に生きて他の人みたいには上手くできない自分を、もう諦めよう。

何と言われようと、ゆるく生きよう。

私の中のあらゆる感情を抱きしめよう。

すてきなものはすてきって無邪気に笑える、私でいよう。

いつか知らないうちに、人をも自由にできるくらいに、私も自由にきっとなる。