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9.吉原のルール
しかし、病の危険にさらされている日々であった。遊廓は、夕暮れから午前2時頃までが活発化する時間であり、遊女は少なくとも客からは、たいそう大事に思われていた。
25歳の蔦重は、吉原細見『籬の花』(よしわらさいけん まがきのはな)という吉原の多くの新しい情報を入れた遊廓のガイド誌を刊行し、吉原の客を増やした。
因みに鱗形屋は、この頃再建のために黄表紙の『金々先生栄花夢』という本で巻返しを図ります。
吉原のルールを紹介すると、
男を卑しめ女を尊び、男が二婦にまみれるのを禁じていたが、女は好きなように男に会える。座る座席は女が上座とする。
客は何度も遊女に通わなければ馴染みになれませんし、1回目で遊女に断られる事もあります。
特定の遊女と馴染みになったら、他の店に行ってはならない。そのルールを破ると禿(かむろ) 遊女の側にいる花魁になるため教育を受けている子供)達が捕まえに来る。遊女は、どのように行動しても構わない。
遊女は、和歌、漢詩、三味線、華道、茶道、囲碁、将棋など厳しい修行を経ています。
吉原は、武士や町人の社交場であり、遊女が尊重される世界なのです。ここでの事が黄表紙や洒落本になります。
そして錦絵という浮世絵に今までにない美人画の大首絵(顔をアップにした上半身の絵)というジャンルを蔦重が考え、ヒットさせて行きます。遊女や茶屋の娘をモデルに描かれました。
吉原発の文化を蔦重が本にして、江戸から発信していったのです。




