穏やかな日々の中、過去を振り返りたい笑と思います。
年中の加配が決まったところまでお話ししたと思います。
年少終わりから、環境変化に弱いことはわかっていたので、私は年中4月かなりびくびくしていました。
登園拒否が出たり、トラブルがあったり、いろいろなことを勝手に想定してました。
何があっても傷つかないように、自分のために予防線を張っていたんです。
でもそんな私の予想を裏切り、大きな荒れはないまま時が過ぎていきました。
今から遡って思い返しても、本当に年少の加配が着いて以降、長男は登園拒否ほぼなかったです。
進級したから、クラスが嫌だとか、そういうことも聞きませんでした。
家庭内で目を見張るような荒れもなかったと思います。
年中時に長男についてくださった加配の先生はベテランの先生でした。
40代半くらいで、「任して下さいお母さん」という感じ。
この方が加配だとわかった時、園長のこの一年にかける本気を感じました。
一年がっつり長男をみる!
ここで何とかする!
強烈にそう感じたのを覚えています。
先生方(加配➕担任)も長男の予想以上の落ち着きに驚いていました。
日々細々トラブルはあったようですが、想定の範囲内という感じでした。
大好きで固執していたお友だち(親友現隣クラス)と同じクラスということも要因としてあったと思います。
長男は年中時に驚くほどの成長を見せます。
夏、七夕発表会は出れませんでした。
でも出し物は全て覚えていました。
舞台の袖で加配の先生の手をぎゅっと握り、僕もできるんだ!という想いを伝えてきたといいます。
それでもステージへの一歩は出なかった。。。
だけど、これもここまでこれたことが成長だと先生は誉めてくださいました。
8月頃から、親友の友だち関係からの広がりで、G君と仲良くなりだします。
親友が遊んでるから一緒に遊ぶ。
その一歩が踏み出せたことで長男の世界は劇的に変わったと思います。
やんちゃな男の子たちが集まっていたクラスでしたから、そこでの楽しみを知った長男は、彼らの声かけでいろんな活動に参加できるようになりました。
どんな声かけより、
G君や親友の「一緒にやろうよ」が効果的でした。
秋、運動会。
全てに参加できました。
先生から、「大丈夫ですよ!頑張ってるから、きっとできる!リハーサルを見に来て下さい」と言われ、前々日に見に行きました。
入場行進、ダンス、応援、競技。。。
時折うろうろしたり、先生に抱きついていたりもしてたけど、十分頑張っていました。
木の陰で見つからないようにグラウンドを見ながら泣いている私に笑、先生方が声をかけてくれました。
「長男頑張ってますよ!!すごい成長してますよね!」
また泣けました。。。
当日もしっかり参加して、最後まで楽しみながら、やりきれました。
縦割りの異年齢おでかけ遠足で初めてリーダーをやりました。
年中のリーダーなので点呼くらいの仕事だったけど、それでも「リーダー」という役割を初めて望んで経験できたことは、本当に良かったです。
それが今年の副リーダーにも生かされたと思います。
この頃くらいから、親友だけでなく、いろいろな男の子と遊ぶのが本当に大好きになりました。
親友が休みだったりすると、ちょっと寂しげで心許ない感じもあったそうですが、秋以降はそういう様子も見られなくなりました。
サッカーをしたり、鬼ごっこをしたり、リレーをしたり。。。
毎日楽しそうに男の子たちと遊んでいて、その姿を見ると本当に嬉しかったです。
同じ頃、一人でクラスへ行けるようになりました。
うちの園では年少の終わりくらいから、玄関で親とバイバイして、一人でクラスへ行けるように、という指導?が始まります。
長男も年中時にそれを目指していたのですが、やっぱり一人では行けない、ということで、加配の先生と相談して、毎日玄関で先生と待ち合わせ、そこで私とバイバイする、というのを春から続けていました。
長男、登園拒否はなかったので、玄関まで普通に行くんですけど、そこからは一人では行けない。
クラスへ一緒に行っても、別に、帰らないで~嫌だ~、とかはなく。
その様子を見ていた先生からの提案でした。
それでもまー、春からだから半年近く?
毎朝毎朝、先生に引き渡す作業の面倒さ加減。
長男もあまのじゃくだから、先生見るとくにゃくにゃしたり、やだーってなってみたり。
私が見えなくなると、けろっとして先生とクラスへ行くので、このごたごたも何だか儀式みたいに感じていました。
儀式も終わる日なんてこないと思っていましたが、ある日先生が「大丈夫だと思う」と言い、その通りに大丈夫で、一人で登園するようになりました。
本当に、ある日突然、という感じでした。
ただ玄関でサヨナラするだけのことでしかないと思うかもしれませんが、
昨日までできなかったことが、ある日突然できるようになる
という経験は親子共々いい勉強になりました。
特に長男はそれが自信に繋がった部分って絶対あるので、本人の力の成長具合を上手に見計らって下さった先生には本当に頭が下がる思いでした。
そしてちょうど一年前の発表会。
それまで基本的には長男に寄りそう姿勢を貫いてきた先生でしたが、発表会前に一度長男とがっつり向き合って下さいました。
発表会の練習が始まる頃…
発表会の話も参加も断固拒否していた長男。
そこで初めて、寄りそう、だけではなく、参加するために、の関わりをして下さいました。
諸々あって私も情緒不安定で、
家庭でも発表会ワードは禁止され、
長男も無理して傘下を促されることはなく。。。
そんな発表会三日前くらいになり、長男が参加し始めたことを聞き、結果的にオープニングの合唱合奏、劇にフル参加することができたのでした。
あの頃は私の感情が本当にジェットコースターな日々でした。
辛くて苦しい、でもそれでも年少時のような間違いだけは決してしないと、それだけを心に決めて。
夫とも意見が違っていましたから、不用意に話すこともできず、一人でメソメソしていたと思います。
そのメソメソで長男を潰すことが本当に怖くて、一週間前には先生に、発表会休みたいと話したりもしていたくらいでしたので、いきなりの変化には本当に驚きました。
まぁよく泣きましたよ私。
泣いてばっかりですよ、私なんて。
それでも年少時とは違う涙を流せたことが本当に嬉しくて仕方なかったです。
そして年が明け、冬。
この冬はコマ回しを通じて成長した気がします。
昔ながらの遊びを大切にしている園ですので、お正月遊び?みたいな感じで、トーナメントを組んだりもして、コマを一生懸命取り組んでいました。
男の子たちはみんな楽しそうなんですが、長男は嫌だとやらず。
先生は何とかやらせたいと思っていたのですが、なかなか。。。
この時、
やったことがないこと
うまくできるかわからないこと
できるようになるまでに失敗をともなうこと
これらに対する拒否がすごく顕著に出てたと思います。
新しいことへの挑戦。
この頃の長男の姿が、彼の困り感の全てを象徴してるように思えました。
それでも先生は諦めず、根気よく誘ってくれました。
そしてそんなふうに誘われたある日、成功して自信をつけ、たまたまトーナメントでも決勝に残る幸運にも恵まれ、いい形でコマを攻略することができました。
すごくうまくなったわけじゃないし、
すごくうまくなりたいわけではないんです。
それでも
苦手だと思っていたこと
それを
やってみたら、できた
やってみたら、楽しかった
という経験で終えることができたことが大きな学びでした。
思えば一年、それを、小さなことから大きなことまで、繰り返し繰り返し、重ねてきた気がします。
そしてそれを、集約した象徴みたいなものが、コマ、だった気がします。
その後長男は無事に年中を終え、今に至っています。
加配の先生は、今年は次男より小さな未満児の学年を担当しています。
長男との絆は強く、一時は
「僕は先生がいないと何もできない」とまで言うほどでしたので、春は心配していました。
それでも、もう自分の担当ではない、とわかっている長男は、進級したその瞬間から、先生のところへは近づきすらせず、関わりを持つことはありませんでした。
私は、あれだけお世話になったのに…と寂しい気持ちでした。
先生の方も現在の担当の子どもがいるからと、冷めた言い方をすれば、長男のことはもう終わったこと…そんなふうにすら感じてしまうほどのあっさりさでした。
ですが、これは大人側のつまらない感傷だったのだと思います。
現加配の先生が、
年度当初、長男は前加配の先生に近づきこそしないものの、自分には決して心を許さなかった
二人の絆は妬けるほど強かったし、何度も前加配の先生にアドバイスをもらった
そう言っていました。
長男は、年中後半から急激にぐぐーっと成長しました。
本人の力はもちろんですが、私は加配の先生のおかげだと思っています。
先生の付かず離れず寄りそう姿勢が、長男にいろいろな世界の扉を開ける勇気をくれたんだと思うんです。
そしてその扉の先には大好きな友だちがたくさんいて、長男が一歩踏み出したからこそ、彼らとの楽しく過ごせるようになったんだと。
先日の発表会のリハーサルを前加配の先生もご覧になったそうです。
長男の演技を見て、目に涙を溜めていたって現担任が教えてくれました。
一年前から、ここまでの成長を感じることができたのではないかとのことでした。
このことを聞いた時、私は本当に嬉しかったです。
今の成長があるのは、前加配の先生のおかげ、私はそう思っているから。
あの土台作りの一年があったから、
今安心して幹を伸ばし、
枝を生やし、
葉っぱを青々と茂らせて、
長男は成長しているんだと思うんです。
先生と出会えたことに本当に感謝しています。
そんな年中時代の話でした。
年中の加配が決まったところまでお話ししたと思います。
年少終わりから、環境変化に弱いことはわかっていたので、私は年中4月かなりびくびくしていました。
登園拒否が出たり、トラブルがあったり、いろいろなことを勝手に想定してました。
何があっても傷つかないように、自分のために予防線を張っていたんです。
でもそんな私の予想を裏切り、大きな荒れはないまま時が過ぎていきました。
今から遡って思い返しても、本当に年少の加配が着いて以降、長男は登園拒否ほぼなかったです。
進級したから、クラスが嫌だとか、そういうことも聞きませんでした。
家庭内で目を見張るような荒れもなかったと思います。
年中時に長男についてくださった加配の先生はベテランの先生でした。
40代半くらいで、「任して下さいお母さん」という感じ。
この方が加配だとわかった時、園長のこの一年にかける本気を感じました。
一年がっつり長男をみる!
ここで何とかする!
強烈にそう感じたのを覚えています。
先生方(加配➕担任)も長男の予想以上の落ち着きに驚いていました。
日々細々トラブルはあったようですが、想定の範囲内という感じでした。
大好きで固執していたお友だち(親友現隣クラス)と同じクラスということも要因としてあったと思います。
長男は年中時に驚くほどの成長を見せます。
夏、七夕発表会は出れませんでした。
でも出し物は全て覚えていました。
舞台の袖で加配の先生の手をぎゅっと握り、僕もできるんだ!という想いを伝えてきたといいます。
それでもステージへの一歩は出なかった。。。
だけど、これもここまでこれたことが成長だと先生は誉めてくださいました。
8月頃から、親友の友だち関係からの広がりで、G君と仲良くなりだします。
親友が遊んでるから一緒に遊ぶ。
その一歩が踏み出せたことで長男の世界は劇的に変わったと思います。
やんちゃな男の子たちが集まっていたクラスでしたから、そこでの楽しみを知った長男は、彼らの声かけでいろんな活動に参加できるようになりました。
どんな声かけより、
G君や親友の「一緒にやろうよ」が効果的でした。
秋、運動会。
全てに参加できました。
先生から、「大丈夫ですよ!頑張ってるから、きっとできる!リハーサルを見に来て下さい」と言われ、前々日に見に行きました。
入場行進、ダンス、応援、競技。。。
時折うろうろしたり、先生に抱きついていたりもしてたけど、十分頑張っていました。
木の陰で見つからないようにグラウンドを見ながら泣いている私に笑、先生方が声をかけてくれました。
「長男頑張ってますよ!!すごい成長してますよね!」
また泣けました。。。
当日もしっかり参加して、最後まで楽しみながら、やりきれました。
縦割りの異年齢おでかけ遠足で初めてリーダーをやりました。
年中のリーダーなので点呼くらいの仕事だったけど、それでも「リーダー」という役割を初めて望んで経験できたことは、本当に良かったです。
それが今年の副リーダーにも生かされたと思います。
この頃くらいから、親友だけでなく、いろいろな男の子と遊ぶのが本当に大好きになりました。
親友が休みだったりすると、ちょっと寂しげで心許ない感じもあったそうですが、秋以降はそういう様子も見られなくなりました。
サッカーをしたり、鬼ごっこをしたり、リレーをしたり。。。
毎日楽しそうに男の子たちと遊んでいて、その姿を見ると本当に嬉しかったです。
同じ頃、一人でクラスへ行けるようになりました。
うちの園では年少の終わりくらいから、玄関で親とバイバイして、一人でクラスへ行けるように、という指導?が始まります。
長男も年中時にそれを目指していたのですが、やっぱり一人では行けない、ということで、加配の先生と相談して、毎日玄関で先生と待ち合わせ、そこで私とバイバイする、というのを春から続けていました。
長男、登園拒否はなかったので、玄関まで普通に行くんですけど、そこからは一人では行けない。
クラスへ一緒に行っても、別に、帰らないで~嫌だ~、とかはなく。
その様子を見ていた先生からの提案でした。
それでもまー、春からだから半年近く?
毎朝毎朝、先生に引き渡す作業の面倒さ加減。
長男もあまのじゃくだから、先生見るとくにゃくにゃしたり、やだーってなってみたり。
私が見えなくなると、けろっとして先生とクラスへ行くので、このごたごたも何だか儀式みたいに感じていました。
儀式も終わる日なんてこないと思っていましたが、ある日先生が「大丈夫だと思う」と言い、その通りに大丈夫で、一人で登園するようになりました。
本当に、ある日突然、という感じでした。
ただ玄関でサヨナラするだけのことでしかないと思うかもしれませんが、
昨日までできなかったことが、ある日突然できるようになる
という経験は親子共々いい勉強になりました。
特に長男はそれが自信に繋がった部分って絶対あるので、本人の力の成長具合を上手に見計らって下さった先生には本当に頭が下がる思いでした。
そしてちょうど一年前の発表会。
それまで基本的には長男に寄りそう姿勢を貫いてきた先生でしたが、発表会前に一度長男とがっつり向き合って下さいました。
発表会の練習が始まる頃…
発表会の話も参加も断固拒否していた長男。
そこで初めて、寄りそう、だけではなく、参加するために、の関わりをして下さいました。
諸々あって私も情緒不安定で、
家庭でも発表会ワードは禁止され、
長男も無理して傘下を促されることはなく。。。
そんな発表会三日前くらいになり、長男が参加し始めたことを聞き、結果的にオープニングの合唱合奏、劇にフル参加することができたのでした。
あの頃は私の感情が本当にジェットコースターな日々でした。
辛くて苦しい、でもそれでも年少時のような間違いだけは決してしないと、それだけを心に決めて。
夫とも意見が違っていましたから、不用意に話すこともできず、一人でメソメソしていたと思います。
そのメソメソで長男を潰すことが本当に怖くて、一週間前には先生に、発表会休みたいと話したりもしていたくらいでしたので、いきなりの変化には本当に驚きました。
まぁよく泣きましたよ私。
泣いてばっかりですよ、私なんて。
それでも年少時とは違う涙を流せたことが本当に嬉しくて仕方なかったです。
そして年が明け、冬。
この冬はコマ回しを通じて成長した気がします。
昔ながらの遊びを大切にしている園ですので、お正月遊び?みたいな感じで、トーナメントを組んだりもして、コマを一生懸命取り組んでいました。
男の子たちはみんな楽しそうなんですが、長男は嫌だとやらず。
先生は何とかやらせたいと思っていたのですが、なかなか。。。
この時、
やったことがないこと
うまくできるかわからないこと
できるようになるまでに失敗をともなうこと
これらに対する拒否がすごく顕著に出てたと思います。
新しいことへの挑戦。
この頃の長男の姿が、彼の困り感の全てを象徴してるように思えました。
それでも先生は諦めず、根気よく誘ってくれました。
そしてそんなふうに誘われたある日、成功して自信をつけ、たまたまトーナメントでも決勝に残る幸運にも恵まれ、いい形でコマを攻略することができました。
すごくうまくなったわけじゃないし、
すごくうまくなりたいわけではないんです。
それでも
苦手だと思っていたこと
それを
やってみたら、できた
やってみたら、楽しかった
という経験で終えることができたことが大きな学びでした。
思えば一年、それを、小さなことから大きなことまで、繰り返し繰り返し、重ねてきた気がします。
そしてそれを、集約した象徴みたいなものが、コマ、だった気がします。
その後長男は無事に年中を終え、今に至っています。
加配の先生は、今年は次男より小さな未満児の学年を担当しています。
長男との絆は強く、一時は
「僕は先生がいないと何もできない」とまで言うほどでしたので、春は心配していました。
それでも、もう自分の担当ではない、とわかっている長男は、進級したその瞬間から、先生のところへは近づきすらせず、関わりを持つことはありませんでした。
私は、あれだけお世話になったのに…と寂しい気持ちでした。
先生の方も現在の担当の子どもがいるからと、冷めた言い方をすれば、長男のことはもう終わったこと…そんなふうにすら感じてしまうほどのあっさりさでした。
ですが、これは大人側のつまらない感傷だったのだと思います。
現加配の先生が、
年度当初、長男は前加配の先生に近づきこそしないものの、自分には決して心を許さなかった
二人の絆は妬けるほど強かったし、何度も前加配の先生にアドバイスをもらった
そう言っていました。
長男は、年中後半から急激にぐぐーっと成長しました。
本人の力はもちろんですが、私は加配の先生のおかげだと思っています。
先生の付かず離れず寄りそう姿勢が、長男にいろいろな世界の扉を開ける勇気をくれたんだと思うんです。
そしてその扉の先には大好きな友だちがたくさんいて、長男が一歩踏み出したからこそ、彼らとの楽しく過ごせるようになったんだと。
先日の発表会のリハーサルを前加配の先生もご覧になったそうです。
長男の演技を見て、目に涙を溜めていたって現担任が教えてくれました。
一年前から、ここまでの成長を感じることができたのではないかとのことでした。
このことを聞いた時、私は本当に嬉しかったです。
今の成長があるのは、前加配の先生のおかげ、私はそう思っているから。
あの土台作りの一年があったから、
今安心して幹を伸ばし、
枝を生やし、
葉っぱを青々と茂らせて、
長男は成長しているんだと思うんです。
先生と出会えたことに本当に感謝しています。
そんな年中時代の話でした。