ゆうこりんですニコニコ

 

今日は近所のおばあちゃんのこと書いてみようと思いますラブラブ

 

3件ほど隣のおばあちゃんに、三男と一緒に毎朝の登園時にあいさつしています。

三男が家の前で「おばあちゃ~~ん」と呼ぶと、

おばあちゃんが家から出てきて朝のあいさつ音譜

ちょっと話して終わることもあれば、一緒にしばらく歩いていくことも。

 

我が家の血縁のおばあちゃんは二人ともなかなか会えないんだけど、

近所のおばあちゃんは毎日会って、孫のようにかわいがってくれます。

 

このおばあちゃんとの朝の挨拶が・・・

一年前は苦手でしたショボーン

 

最初は窓から声かけてくれるだけだったのが

三男がちょっと呼んでみたら

おばあちゃんが毎日三男のことを楽しみに待つようになり、それが習慣化。

たまたま声をかけない日(急いでたり、パパと行く日など)は

「何かあったの?」「病気になったのかと思った」

そのうち私の自転車が見えるところに停めてあるもんだから

自転車をチェックして、まだ家にいるかどうか確認するようになりました。

 

それがすごく嫌になっちゃって。

 

どうして、毎日毎日声かけないといけないの。

それが当たり前と思ってない?そんな義理ないのに。

 

毎朝何話せばいいの。話すことない。

 

私の行動までチェックしないでほしい。

 

昨日声かけたから今日はもういいよね?

でも明日は声かけないと、またいろいろ言われるかな?

 

 

なんて毎朝憂鬱になってきちゃったんです。

 

そんなとき、腰痛で入院することになり、

これで毎朝挨拶しなくて良くなった、とほっとしたのを覚えています。

(挨拶したくないから、そういう現実を創ったとは思わなかったよw)

 

 

牛しっぽ牛からだ牛あたま 牛しっぽ牛からだ牛あたま

 

 

あれからそろそろ一年だなぁと思ったときに

本当にいつのまにか、おばあちゃんとの挨拶が全く苦にならなくなっている自分に気付きました。

 

毎日の挨拶が、毎回完結するようになりました。

 

毎日毎日・・・なんてつなげて考えなくなったし、

昨日はどうこう、明日もどうこうとか、まったく考えません。

なんというか、毎日が新しい挨拶に感じます。

毎日同じようなことばっか話しているのに新鮮なんです。

 

そうすると、おばあちゃんとの会話も楽しくなってきました。

おばあちゃんの体調のことや、家の前の花壇の変化にも気づくようになりました。

 

声かけれなかった日のことや、自転車チェックも、

一往復の会話で終わるようになりましたw

なんてことない、ただの会話だったのに、

勝手な考えで問題にしていたんだなぁと思います。

 

 

別れるとき必ず「ごめんね、足止めちゃって」と言ってくれるおばあちゃん。

 

以前憂鬱だったときは、その言葉をそのまま聞けなくて

 

ほんとだよ。そう思うなら足止めさせないでよムキー

 

なんて思っちゃうこともあったな~あせる

今はおばあちゃんの気遣いや優しさを毎回感じて

「いえいえ全然~音譜ウインク」と毎回同じ返事を返しています。

 

 

いかに事実を歪めて見ていたか・・・

ずっと同じように挨拶してくれているおばあちゃんから教えてもらった気分です照れ

 

 

 

余談ですが、私一人のときでも

会えばあいさつするおばあちゃんが何人かいます。

(同じコース散歩しているおばあちゃんが多い)

「お仕事?いってらっしゃい」

「お迎え?何時に仕事終わるの?」

同じ会話を何回も何回もしていますw

おばあちゃんとは、昨日何話したかなんてお互い忘れても平気なのでw

考えを使わなくて楽なのかもしれません。

 

同年代の人が相手だと、まだ気を使っちゃうことがありますが、

それでもかなり考えずに会話ができるようになり、

気を揉むことが1つ減ったなと思う私なのでした。