とても…こわい…ことが…ありました (´;ω;`)
気持ちを吐き出したくて記事を書かせてもらいました(長いです)。
不快になる方がいるかもと思って一旦非公開にしたんですが、
同じような事故の防止につながるかもしれないので、公開することにしました。
※子どもの事故未遂に関する話です。
※不快になる方は無理して読まないでくださいね。
先日、ダンスの練習のときのこと。
子連れでみんなで公民館を借りて練習してるのね。
で、休憩のときに、子ども二人が壁際の高さ70センチくらいの
荷物置き?みたいなところに乗って歩いてたのね。
幅は1メートル弱あるし、普通にあるけば大丈夫な感じではあった。
子どもたちはちょっと高い場所でドキドキを楽しんでる感じ。
ただ、大人がつきっきりな感じではなかったのね。
乗ってたのがうちの末っ子と同じ2歳だったこともあって、
変な落ち方したら危ないしと思って、
手前に落ちたらすぐキャッチできるようにと思って
私はその子たちの近くに行ったの。
で、そこで子どもたちに「ねぇ?危ないよ?下りないの? (o^ω^o)」って
声かけてたんだけど・・・
そのとき2歳の子が尻餅をついて壁側にどんとぶつかったのね。
そしたらその壁側、カーテンが閉まってただけで、後ろはガラスだったの。
で、たまたま、そこだけカーテンが開いてたから気づいたんだけど
ちょうどそのぶつかった場所が回転式の窓だったの!!
・・・ ここは4階!!!!\(>o<)/
前に使ってた人が鍵かけてなかったらしくって、
からくり屋敷のように、窓がぐりんってなって、
2歳の子がそこから落ちそうにーーーーーーーーー!!
キゃーー!!!って叫んでその子を抱き抱えて、
結果、その子は窓から落ちずに済んだ 。゜(゚´Д`゚)゜。
私がいなかったら、落ちてた。
・・・そんな怖い経験をしました。゚(゚´Д`゚)゚。
助かったから良かったんだけど、
でもそのときの死と一瞬隣り合わせたようなヒヤッとした感覚がずっと残っちゃって、
フラッシュバックのように何度も頭をよぎっちゃって・・・
数日経ちましたが今も取れません。
私がいなかったら、その子は4階から落ちてた。
助けられたことは本当に良かった。
でもね、考えてみると他のシチュエーションもあった訳で。
知ってて危ないと思ったのに、その場に行かずに転落させてしまい、後悔した可能性。
私しか目の前にいないのに、動けずに助けられなかった可能性。
私が子どもに起こしたアクションが原因で転落させたかもしれない可能性。
私が窓に気づかず、ガラスに手をついて窓を開けてしまって、転落させたかもしれない可能性。
そんな自分のミスのせいで子どもが命を落としたかもしれないという可能性。
そのことで一生後悔する人生を送る可能性。
いくつもいくつも頭をよぎって、怖くて仕方なくって・・・
そんな中、奇跡的に助かったことには感謝しかなくて、
ご先祖さまや守護霊やに何度もお礼を言いました。
起こってしまったことは仕方ないので、
わいてくる感情をちゃんと感じようと思ったんだけど
これまた感じないようにしようとする心の動きもあってね。
「大丈夫!結果なんともなかったんだから、何もなかったふうな平常心でいよう!」
みたいなのが何度も何度もわいてきたりする。
本当に心って自分を守ろうとするんだなって思う。
今回のことで頭の中にバーン!とやってきたメッセージがあって、それは、
「私たちはいつでも死と隣り合わせ」
ってこと。
これ、忘れちゃいけない。
助かったと同時に、そうではない未来もあったかもしれない。
事故で大事な人を亡くされた方の辛さを初めて想像した。
そして、今回の一連の流れの中で、
自分が心の声に従わずにいたシーンに気づきました。
それは、子どもたちが台に乗ってるのを危ないと思った気持ちに、半分蓋をしたこと。
もし自分の子どもだったら、すぐに降ろします。
だけど、友達の子だったから遠慮してしまったの。
実は、私の中で子どもに対して心配しすぎることに対するコンプレックスがあるんです。
私、かなり子どもの安全に対して心配性なんです。
公園の滑り台もブランコも、高いところ上るのも、いつもつきっきりだった。
でも、息子たちの同い年の他の子を見ると、私から見て危ないって思うこと、たくさんやってるし、
逆に息子がそれに付いていけてないのを見ると罪悪感を感じてたの。
そして、子どもたちの行動に対してママたちが大丈夫だよ~って言ってたり目も配っていないのを見ると、
私が心配性すぎるんだ、私のせいで子どもがチャレンジできない子になるかもしれないと思ったのね。
そして、周りのママに心配しすぎだよって思われたくないために、
多少の危ないことは気にしないふりをするようになってきたの。
危ないと思ったことも、他の人が気にしてないなら危ないって言わなくなってしまった。
多少の危険はスルー出来るママを演じるようになってしまった (´;ω;`)
今回もね、思ったんです。はっきり覚えてます。
危ないなぁ・・・でもこのくらいが普通なのかな・・・
誰も周り気にしてないし、
せっかく子どもがチャレンジを楽しんでるのに邪魔したら、
それを許可してるママたちを否定するように思われるかな・・・
スルーして遠目から見ている選択肢もありました。
でも今回は、危ないという気持ちが勝って、行動しました。
ただ、大人たちが聞いてるところで危ないよと言いたくなかったので、
子どものすぐ傍まで言って降りるのを促してたんです。
結果として、そのおかげで転落は阻止できたんだけどね。
私は思いました。
自分の保身のために、子どもの命を落とすところだったのかもしれない。
他のママが気を悪くするかもなんて、遠慮なんてしてる場合じゃない。
危ないと思ったのなら、隠さないで口に出そう、そういう行動をちゃんと取ろう、と。
大丈夫なフリして、子どもが危ない目にあったこと、実はこれで3回目です (´;ω;`)
もういい加減気付かないといけない。私は大丈夫なフリをやめないといけない。
心配性であろうが、それが私に素直にわいてくる気持ち。
それを見ないふりしちゃいけない。
私が危ないと思ってるからそういう現象が起こるというのもあるのかもしれない。
他のママみたいに、心配しすぎなくなれるといいのかもしれないけど。
でも、危ないという気持ちがわいてくるのは、本当のこと。
それによって救える命もあるんだから、
私のその気持ちを大事にしようと思いました。
そんなわけで、これからは他のママの目を気にせずに、
子どもたちの安全を守る行動をとっていこうと誓いました。
それが私の担当なのかもしれないしね。
読んでくれてありがとうございました。



