心屋仁之助さんのこの記事・・・
響くなぁ・・・><
私のせいで子どもがこんな目に・・・私のせいで・・・
子どもが生まれてから、何度そう思ったか。
長男が3歳くらいの頃、河原に連れて行った時に私が足を滑らせて、
手をつないでいた長男も倒れて口の横を石で切ってしまった。
あの時はずっとそれを引きずっていた。
危ない場所だと思いつつも
自然を経験させる素敵なお母さんになりたくって、
あえて水辺に近寄った私。
私の言いなりになるしかない小さい我が子。
傷を見るたびに、こんなお母さんでごめん、
本当私はダメな母親だって思ったあれは、まだ4年前くらい。
次男のアレルギーも、ダニホコリが出た時に、
私が掃除してないせいだーーー!って盛大に自分責めをした。
普段から掃除が足りてないなという後ろめたさが
水を得た魚のように増大して・・・
考えてみれば、普段から後ろめたさを持ってるから、
そういう事象と結びつけてしまうんだな。
ダイソンのハンディ掃除機買って、布団乾燥機買って、
一時期は頑張ったんだけど、もともとそんなこまめなたちではないので続かず、
そして続けられない自分責め・・・
三男に至っては、生まれてすぐ感染症疑いで大病院に搬送。
私が診察代浮かすために0時をまたいでから産院に行こうとギリギリまで
家で粘ったからだ(せこい。笑)・・・と。
あの時は産後ブルーも重なって自分の感情がコントロールできず大変なことになった。
私の判断ミスのせいで、この子は死んでしまうかもしれないと・・・。
(結果、なんともなかったから、今言えるのかもしれないけどね。)
こういう大きなことだけではない。
子どもが鼻水たらしてるだけで、
あ・・・昨日のお風呂上がりに湯冷めさせちゃったからかな><
今日の外出に上着を忘れたせいかな><
なんとなく調子悪そうだったのに私がスルーしたせいでこうなった><
とかもう条件反射で考えてた。
冷静になると、そこまで自分のせいにしなくてもって思うんだけど、
もう反射的にね、自分の中の原因を探してしまうの。
そして、自分の落ち度を見つけて胸を痛めて納得するっていうね。
どんなプレイだって感じだけど、なんか癖のようになってしまってるんだよね。
さて、ここ最近、私はこれで完璧、何も直すところがないっていう考えでいるから、
今度上のような状況になった時、自分がどんな反応をするか興味がある。
多分、条件反射でいつもの思考が出てくるとは思うけど、
その後、自分責めを止めることができるかな。
仁さんの記事のコメント欄を読むと、
自分に慰めの言葉をもらっているようで癒される。
母親が「私のせいでかわいそうなことになった」ってなると、
子どもが「ママの思うような子どもじゃなくてごめん」なんて思うかもしれないと。
違う、そんなことを思って欲しくて自分責めをしてるんじゃない。
ただ、自分に落ち度があったと確信したかっただけ・・・(なんで!?!?)
自分がこのままで100%と信じるのと同じように
子ども達だって怪我しても病気してもアレルギーがあっても100%。
自分を信頼するのと同時に、自分以外の人を信頼するのも、
これからの私の課題だな。
特に子どものこととなると親は動揺しちゃうからね・・・!
そうそう、この時期、子どもの内科検診や歯科検診があるので
保育園や学校から「気になることや質問したいことがあれば書いて下さい」と
プリントが来たりするんだけど、今回初めて何も書かずにいられた。
今まではどんな小さな気になることでも書いていた。
過去の病気のもう治っていることまで、念のためにと書いていた。
例えば(以前、喘息と診断されましたが治っているようです)とか。
まるで、「私の子にはこんな気になるところがあるんです!」と主張するかのように。
そして、「私が申告しなかったせいで子どもが不利益を被ることなんてことがありません様に」と願いを込めて・・・。
でも今回それを書かずにいられたのは、子どもたちを問題があるように見るのは
やめようと思ったから。
何かあるかもしれない未来ではなく、大丈夫な未来を創りたいと思ったから。
自分も他人も大丈夫だと信じる、そんな世界にこれから行きたいな。
そんなことを改めて思った仁さんの記事でした。
大事な大事な3男子❤️あなたたちもそのままで100%❤️
