ごゆっくりおやすみください。
「Mさんからお中元頂いたわよ。」
毎年、頂いてるものですからね。
母もお名前を覚えています。
そっかあ、早速、お礼の電話を。
Mさんは、大正生まれ。
奥様と連れ添って半世紀。
夫唱婦随の微笑ましいご夫婦。
車で5分の距離でね。
開業当初からご縁を頂いております。
ご夫妻だけでなく、息子さんご家族とも。
まさに家族ぐるみで。
現在は、ご隠居暮らしのMさん。
お二人には、広過ぎるぐらいのお宅でね。
悠々自適に暮されておられます。
「先日の○○でのセミナーは、いかがでしたか?」
私がどこかに遠征するでしょ。
必ずそのことを訊いてくれるんです。
ご自身は、ネットはご覧になられません。
奥さんに頼まれてね。
私のブログの過去記事。
すべて印刷されてね。
ご覧になられてるのです。
「これから、さらにご活躍されますよ。」
いつもそう云って、後押ししてくれました。
自称「後援会長」。
私はMさんのことを「おとうさん」と。
ほんとにそんなかんじ。
奥さんのことは、「おかあさん」ね。
80歳を超えられたお二人にね。
息子さんより、ひと回り以上年下の私をね。
「先生」と立てて頂いて。
私の成長を見守って頂いて。
「あなたなら大丈夫」と勇気を頂いて。
一代で税理士として身を立てられ。
大阪市内で事務所を構えられ。
名士として人望を集められ。
なのに、
「いつまで寝てるんですか!と家内に叱られるんです。」
髪の毛がボサボサだとか。
パジャマでウロウロしないとか。
子どものように叱られるんです。
そこがまた魅力でね。
微笑まし過ぎます。
出張施術だけでなくね。
畑で採れた野菜を持って行ったり。
おとうさんのご機嫌伺いにと。
2~3カ月に一度はお顔を拝見に。
けど、昨年からご体調を崩されてね。
入退院を繰り返されてました。
介護ベッドに身をゆだねられ。
カラダも痩せ細って。
脈を拝見してもね。
細くて、弱くて。
それでも変わらず。
私のことを気にしてくれて。
1月にお邪魔してからね。
気にはなっていたものの。
バタバタと飛び回っていたもので。
お伺いすることもせず。
お電話もせず。
お中元を頂いたお礼の電話。
ちょうどいい機会だ。
「ところで、おとうさんのご体調はいかがですか?」
一拍の間を置いてね。
おかあさんの声が下がります。
「・・・主人は亡くなりました。」
えっ。
亡くなられた?
えっ。
うそ。
うそだよね。
「今年の2月でした。」
最後にお会いした翌月じゃないか。
・・・そんな。
何をやっていたんだ、俺は。
自分自身にね。
強い憤りを覚えます。
わかってたじゃないか。
あのお姿と脈を観れば。
なぜ、こまめに連絡を入れなかったのか?
「人を観る」なんて云いながら。
大切なコトを全く見逃してる。
ネットで私の日常をご存じのおかあさん。
ご配慮されて、連絡されませんでした。
激しい後悔。
不義理に対する自己嫌悪。
胸が締めつけられる喪失感。
夜だったんだけどね。
「今から、うかがわせてもらってもよろしいですか?」
喪服に着替える時からね。
胸が熱くて。
目頭も熱くて。
鼻の奥まで熱くて。
「わざわざ正装でありがとうございます。」
おかあさんにお声をかけられた瞬間。
もうこらえきれなくて。
遺影を前に。
カラダが震えて。
涙がとまらなくて。
ただただ、お詫びと。
これまでの感謝と。
普段、涙など見せられない強気なおかあさんもね。
泣いていらっしゃるのを背中で感じながら。
ふりかえられませんでした。
「おかげさまで、最期は自宅で安らかに看取らせて頂きました。」
朝方、カラダを横に向けてくれと。
その後、家事をされてたおかあさん。
小一時間経って、お声をかけたらね。
お返事がなかったそうです。
「眠るように逝きました。」
そっかあ。
穏やかに迎えられたんだな。
胸が温かくなる。
余命宣告されてからはね。
延命治療を断られ。
自宅療養を選択されたとのこと。
逝かれる前にはね。
ご家族、ご縁のあるみなさんがね。
かわるがわる訪ねて来られたそうです。
よかった。
そこに自分がいなかったことだけが。
何より後悔だけど。
ところがね。
「実は、私にも見つかりましてね。」
えっ?
ほんとに?
それはないでしょ。
苦笑いされるおかあさん。
「ひと息ついてから、気がゆるんだでしょうかね。」
これまでおとうさんの介護でね。
趣味の旅行も数年来行かれてません。
ささやかな憩いの場である俳句サークルさえ。
昨年から顔を出せず。
週に何度かね。
ヘルパーさんが来てくれるとも云えど。
24時間気が休まることもなく。
ご自分が病気なんかしてられませんでした。
半世紀以上、夫唱婦随で尽くされて。
妻としての役目を十二分に果たされて。
安らかに見送られたその後で。
やっと。
やっと自分の時間が持てるようになったのに。
「近いうちに一度入院します。」
言葉が出ないよ。
「家内を元気にしてやってください。」
出張施術にうかがった時。
おかあさんの施術前にね。
いつもおとうさんがおっしゃってたセリフ。
「私の世話で疲れてますから。」
遺影から語りかけてくれます。
そっかあ。
そうですよね。
はい、承知しました。
「おかあさん、遅い時間に申し訳ないのですが。」
無理やり施術をさせて頂くことに。
しばらく拝見しないうちにね。
おかあさんのカラダも頑張り続けててね。
うつ伏せは厳しいな。
仰向けでね。
膝の下にクッションを入れます。
さて、脈を拝見。
「どうですか、だいぶ弱ってるでしょう?」
弱ってるどころか。
気丈に振舞っておられてね。
固くて緊張した脈。
お父さんが逝かれてね。
広いお屋敷にひとり。
ご自身の病も見つかってね。
もう崩れ泣きしても当たり前。
でも、弱音は吐かれません。
それを美徳として生きて来られたから。
凛として美しいんだけどね。
あまりにも切なくて。
また、涙がにじんできます。
施術中だろ。
泣くなよ、プロなんだから。
けど、胸の震えは止まらず。
泣きながら施術なんて初めて。
心が動揺しててはね。
私が心がけている施術なんて無理。
・・・なはずなんだけど。
経絡に気を通そうと。
ツボに親指を触れるとね。
伝わってくるわけですよ。
ヒシヒシと。
まだまだ、命を謳歌したい。
カラダの躍動が。
観じているうちにね。
心がすごく穏やかに。
波ひとつない静寂な水面のように。
陽極まれば、陰となり。
いつの間にか、涙も止まってね。
震えてた胸もね。
広がるように温かく。
自分でも驚くくらいに安らかで。
かける声も柔らかく。
俺、こんな声、出せるんだ(笑)
すべてゆだねてね。
個を超えたかんじ。
それに比べるとね。
普段は、気を通すのも、意識を融合するのも。
意図的にやっているなと。
不自然なんですよ。
例え、優しさだろうと、慈しみだろうと。
その意識エネルギーにどういう名前を付けるかなんてね。
そんなこと考えてる時点で違うよね。
それらは、意図して発するものではなく。
結果的ににじみ出るものなんだろう。
相手がどう受け取るか?
それこそ、相対的なんだ。
その時は、私が何かをするってことからね。
全く解放されてね。
おかあさんに楽になってもらおうとか。
経絡に気を流そうとか。
そんなことは、どうでもよくてね。
ただ、あるだけ。
百会から肛門。
背すじを祝開通させてね。
天地とつながる。
あとは、ゆだねる。
無為自然。
為(な)すように為してくれる。
それでいて、普段より気がよく通る。
手放すほどに上手くいく。
ほんとだな。
きっとおとうさんが導いてくれたんだね。
脈に固さはまだ残るものの。
施術前よりは柔らかく。
姿勢は大きく変化して。
けど、起き上がるのは苦しそう。
手を差し伸べようとするとね。
「結構です。自分で立ちますので。」
優しいおかあさんだけどね。
そこだけは、確固たる意志で。
凛とした気高さを感じます。
生き方だよね。
美しいけどね。
切なくもあります。
「久しぶりに背中が真っ直ぐ伸びました。」
姿勢が変われば、心も変わる。
長らくお疲れさまでした。
楽しまれてくださいね。
おかあさん。
拝啓、おとうさん。
天国で寂しいかもしれないけど。
いましばらくおかあさんを見守ってあげてね。
これまで尽くされてきたご褒美をね。
めいっぱい楽しんでもらうから。
おかあさんはね。
今でもおとうさんのこと。
想い続けていらっしゃいますよ。
きっと通じてますよね。
だから、いましばらく。
いましばらく。
時間をください。
お願いします。
お礼は、58年後。
直接、申し上げます(笑)
それまでごゆっくり。
おやすみになられてください。
90年の旅路、ほんとにお疲れさまでした。
頂いたご縁に深く感謝します。
ありがとうございます。
まずはお礼まで。
谷田学拝
では、今宵はこのあたりで。