「関西人のお茶会」
3月1日開催予定です。
参加者募集中
ご一緒しましょう^^♪
※2月24日現在 あと3席
>>>顔見知りという居心地
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いろいろとココロの中を整理する時間が増えました。
思い返せば、サロンを始めるって決めてから
そうした探索の時間が始まった気がします。
人を想う前に、先ず自分。
そういうことなんだろう。。。
そう思います。
そうした作業も2年が過ぎ
3年目のサロン活動へと移り行くこのタイミングで
大きな変化がワタシ以外のところに現れました。
それが母の言動。
先だって書き出したように
ワタシは、母に過剰なほどに反応してしまい
離れるための算段をしていたとき
母に対して大きな不安をぶつけていました。
当初のワタシにはそんなつもりは無く
「自立のため」
「共存のため」
なんて気負いが勝ってました。
母に対しての
尊敬
慈しみ
感謝
配慮
こうしたことは、切り捨ててしまっていたかのように
猛々しく悟ったかのような口調で
母と向き合う自分が居ました。
母としては反論しようにも
太刀打ちできず、経過観察をしてたように見えました。
そんな日が数ヶ月過ぎ
ワタシの中の意識の変化や芽生え
視野の整理なんかが自覚できるほどに
変わってきたとき、ワタシの中には
「母と別に住むとか、一緒に住むとかってそこの問題じゃないよな?」って自問している自分が居ました。
居ても居なくても、与えられた空間をどう活かすか。
それは、自分自身の軸のぶれを
母に責任転嫁してるんだろうって想いました。
それに気付けたときワタシは、
母の話しかけに返事をしなければならない
・・・そう想い込んでいることに気がつきました。
ある日
ワタシが集中して自分のタロットを読んでいるとき
母に話しかけられることが在りました。
今までだったら・・・
母への返答が優先。
それから、自分のカードを読む。
そんな行動をしそうになりましたので、
あえて母への返答は、カードを読み切ってから
返答をタイミングをずらして返答しました。
このタイミングってワタシの中で
最も母との関係で嫌っているタイミングなので
「邪魔された」
などと想ってしまうことなんです。
結局、答えるも答えないも
タイミングがズレてるも合ってるも
母には関係なかったみたいなんです。
返答が無いのをみて
邪魔しないでおこうって
母なりに次の行動をしてましたから。
ここまでやって、わたしは・・・
「一体、母に対して何を怖がっていたんやろう?」
そんな感じで不思議な気持ちになりました。
一つ屋根の下でも
生活の内容は当然違うし
わかり合えなくても大丈夫で。
わかって欲しい時は
説明したらわかってもらえるわけで。
必要以上の期待や依存も
苦しければ苦しいって言えるようになっている訳で。
いっぱい努力してきたことへの
実りともとれるアクションが
ここへきて大幅に増した感じがしてきました。
そもそも
母子共依存
このネーミングの意味でワタシたちが居る訳ではなくて
協力し合えるアウンの呼吸がある訳で。
ここのバランスを活かすも殺すも
我々の気付き次第なんだ。。。って。
そんな風に想えるようになりました。
偶然にもソレがわかった時のワタシの体調は
すこぶる快調で^^足取りが妙に軽い感じでした。
母の言葉からも変化を感じ取ることが出来て
必要以上に心配している滑稽さを自覚したような。。。
そんなことを母娘で交わしていました。
とっても調和がとれた
すごーくいい雰囲気に家の中が包まれている感じがしました。
とっても幸せ。
ワタシが、求めていたのはこれなんだ。
自立あっての共存。
やっと、この領域に近づけた感覚を得ました^^
ゆみか
