こんばんは。服部ゆみかです。
今週から、いよいよ料理教室のスタッフとしてのお仕事が始まりました。研修として・・・ですが。おせち料理のレッスンが始まりました。
ただお料理の作り方を習うだけではなく、その背景や基盤にある文化を教えてくださるとても素晴らしいレッスンです。
行事の起こり。。。発祥の説や郷土の風習文化などが、かいま見できるので楽しいです。
ほんとうに素晴らしい文化が「おせち料理」に込められているんだな~って初めて知りました。
今までの自分の時間を振り返っても、なかなか根っこの部分にある文化まで知ることってあったかな・・・って考えてしまうくらい。
「ノウハウ(方法)」の根底には、先祖代々の願いが込められていて 実は継承されていくものなんですよね。だから、伝えるためには安易に「作り方」を教えるだけでは意味が無い。
これは、お料理だけではなく あらゆることに言い換えることが出来ると想うんです。
たとえば「健康であるためには、笑顔は重要」って学んだとするでしょう?
そうすると、「ワタシ、最近 笑顔すら作ってないな。。。」とか「笑ってないな。。。」って問題扱いしちゃうことないですか?
「笑うためには、吉本新喜劇でも見に行くか!」って言いながら、家族の関わりを見直さずに笑いに行くとか。。。
方法だけをとるなら、それでもいいんですが 心のさびしさは何の改善も無い気がするんです。
どうしてそうした「問題」を持っているのか、そこを見つめないと「方法」が「改善の状態」をもたらしてくれる訳ではないんです。
ある方が言いました。「わたし、細胞さんにはありがとうって言ってるよ」って。だけど、自分のことを悪く言うのは止められないんです。出来ない自分すべてを「ありがとう」の対象に見れるまでは、細胞さんにも「ありがとう」の心は届いていないかも。
タロットのメッセージを自分の人生に有効活用しだしてからは、そこの部分を良く考えるようになってきたんです。
今、途中ですけれど ワタシが自分の課題に向き合う時も、必要な時はじっくり見つめることに時間を使いました。
そこで、気付いたから成長があるように感じるんです。ただ単に「ノウハウ」をやってるだけじゃ、依存体質を生むだけだった感じがするんです。
そこの反省を踏まえて、お料理の伝承もしっかりとお伝えができるように また、体を創ることのお伝えになるように頑張ります。
明日は、一人暮らしの物件の下見♪
意外な土地が気になりだしました^^

