長生きって何かの罰ゲームなのかと

母を見て思う。

 

 

立ったり座ったりの時、

顔を歪めて「イタタタタタ・・」。

動きに伴う痛みとの闘い。

あれほどおしゃれだった母だが

今や靴は履きやすさ重視の靴に

軽量のバッグ。

いつだったかにプレゼントした

おしゃれなバティック柄の日傘は

一度も使われていないまま仕舞われている。

日傘どころではない。

外出時は杖をつかねばならないのだから。

 

 

「ほんまに情けないこと。

 こんなに長生きしてしまって。

 お友達もみんなそう言うてはるわ。」

 

 

母の口からそんな言葉を聞いて

返す言葉がなかった。

ただただ老化という現象を憎みたくなる。

 

 

そして

私にもこんな日が訪れる。

それは決して遠くない未来。

程度の差こそあれ必ず。

 

 

その時私はどうしているんだろう。

クマオとはどうなっているんだろう。

できればクマオにはそんな姿は見せたく

ないから、

それまでに終わっていればいい。

いや、何としてもそれまでには

終わらせなければならない。

でもそれっていつ?

タイミングを見誤って早々に終わらせて

しまったら、

無駄に元気で孤独な日々が続いてしまう。

自分の残りの日数がわかればいいのに。

それが短絡的な考えだとわかっていても

そう思ってしまう。

 

 

若い時代に立てた人生設計とは

違う意味でのむずかしさがあると

実感する日々。