お釈迦様のお話 | 慈しみのひかり。

慈しみのひかり。

視えない世界、精神世界について書いています。
特に、魂、神佛、霊界について。


 皆さま、ごきげんよう。

 今日は建国記念日
 そして、私たち夫婦の
 35回目の結婚記念日でもあります。
  
 建国記念日はとてもよき日だと

 実家の父が喜んでいたのを覚えています。

 両親をはじめ、

 沢山の方々に祝福していただいた結婚です。

 

 


 本日、白山比咩神社を参拝。





 此方の御神籤、好きです。(100円)

 毎月、引いています。

 私的には当たると思っています。

 時には大変厳しいお言葉もありますが、
 今の自分に対する
 天からのメッセージだと受け取っています。
 
 今日引いた御神籤に書いてあった最後の一文
 今が最高に幸せな時なり。

 本当に、その通りです。
 御先祖様、神佛、そして、なにより
 夫に感謝です。


 ❄️❄️❄️



 ちょうど2年前、

 平均株価が4万円台に乗った時、

 生きていれば、

 こんな日も来るのだなぁと

 感慨深いものがありましたが、

 なんと昨日は史上最高値。

 天から賜わった、

 記念日の最高の贈り物でした。




 なかなか分かりずらいと思いますが、

 日本という国はお安い国に

 成り果ててしまったのです。

 

 国力を上げて

 強い日の本になって欲しいと

 強く願います。



 ❄️❄️❄️


 話は変わり、

 ここで亡き師によるお釈迦様のお話を

 紹介させてください。

 興味がある方もない方も

 読んで損はないと思います。😄



 モンガラーナ

 目犍連(もくけんれん)という弟子は、

 お釈迦様の十代弟子のひとりです。

 彼は、超能力・神通力があった人なんです。

 釈迦もあるんですよ。

 使わないんですよ、

 こんなもの使ったって本命じゃないから。

 でも、時にはどうしてもというときには、

 使わないわけではなかったんですけど。


 現世、華々しくそれを使ったのが

 モンガラーナという人なんですね。

 ちょっと修行を怠って遊びに出てて


「あ!ヤバい。向こうからお釈迦様が来る。

 ちょっと蝶々に化けよう」って。


 けれど、自分たちが、なんぼ装っても、

 俺にはわからないだろうって、

 肉体ではわからなくっても

 意識の上ではみんな読み取られていますからね。

 どんな思いでいたって、パッと出てしまう。


「ああ、意識落ちとるなぁ」とかね。


 ですから、釈迦がモンガラーナを見たときも

 そうなんです。

「お前、つまらんことで堕ちるなよ」と。

 蝶々に化けて、とまったけど


 「これこれ、目犍連」と。

 当たり前や。



 その目犍連の母親が亡くなって、

 さぞかしいい世界にいるだろうなと思って、

 上の方から見ていったら、

 なんと餓鬼道に堕ちていた。

 

 お釈迦様に付いて修行をしている自分の母親が、

 なんでこの世界にいるんだろうと。

 それで、この神通力をもって

 「エイ!」って上げるんですけど、

 すぐ堕ちるんです。

 その母親の波長とか心のあり方が

 浄土という世界にふさわしくないから、

 居心地が悪いわけです。

 だから、自分の波長の合う世界に

 堕ちてしまうわけです。


「どうしたらよろしいですか、お釈迦様」

 っていうことで相談したら

「お前の母親は、

 お前をかわいいということもあって、

 ただただ貪りの生活をしたために

 今、餓鬼道にいるのだ。

 お前が、こういう生き方をすればいい

 ということを母親に回向(廻向)してあげなさい。

 示してあげなさい」と。


 7月15日というのは、

 インドでは雨の時期が終わって、

 これから天気が良くなるということで、

 中にこもって修行していた人たちが

 最後に集会をして、

 これから外に修行に出かけようと

 そういう集会をして、

 修行僧たちが集まるのが7月15日なんですね。

 それで、それをお盆の日と決めたんです。

 そして、その日を供養の日にしようと。

 その人たちに供養してあげなさいと。

 貪りじゃなくて、

 こういうふうに供養してあげたら

 施(ほどこ)しになるよということです。


 ただただ自分を捨ててと

 いうこともあるんですけれど。

 この供養をして母親に見てもらったんです。


「こんなふうに、

 ただただ真心で与えたいって生活をするんだよ」

 っていうことを見て、

 そして母親が


「ああ、そうか。あんな生き方をすればよかった」と。


 自分の貪りで生きると自分が堕ちますからね。


「ただただ、与えたい生活をすればよかったんだ」

 ということで、それを見て


「そっか!」

 ということで、

 一気に素晴らしい世界に行けたんですね。


 それで、あまりにもその苦しみの世界から、

 清々(すがすが)しい世界に一気に上がったって、

 嬉しくって嬉しくって

 もう躍動して踊らずにはおれなかった

 ということで、これが盆踊りなんです。


 だから、盆踊りは、

 苦しみの世界にいたものたちが、

 その供養を受けて廻向されて、

 素晴らしい世界に行けたことによって

 躍動せずにはおれないという、

 その姿が盆踊りなんです。


 盆というのは、逆さまですからね。

 お盆、ウランバナ、盂蘭盆会(うらぼんえ)。


 魂を忘れてる逆さまの状態から、

 苦しみに陥った貪りに生きたものたちが、

 その世界にずっーといることになる。

 それが由来です。


 ですから、自分らは、

 自分の有縁霊が喜べば、当然自分らは躍動します。

 躍動して、じっとしておれない。

 じっとしておれないから

 余計なことまでやりたくなる。

 余計なことをやってでも、人に喜ばれる。

 有縁霊に喜ばれる。

 こういうことの循環が

 本当は済度というもののあり方なんです。


 だから、ここには済度がしたくってたまらない、

 じっとしておれない、

 一瞬だって有縁霊を救えることが喜びである、

 これが本来の自分たちが

 目指してきた生き方です。


 
 ❄️❄️❄️

 私が日頃、皆様にお伝えしている
 有縁霊、済度について
 少しはお分かりいただけましたでしょうか。
 有縁霊とは、
 現世のみならず過去世においても
 各自に縁があった霊。
 光になれなくて、さまよえる霊を救うのが
 済度です。
 神佛の御力は大事。
 それと同じ様に、霊を救うことも大事。
 そうすれば、現実は変わります。
 とても良い方向に。

 
 ❄️❄️❄️

 日差しがまぶしくなり
 段々と春めいてきました。 
 
 雪国育ちの私にとって
 寒いのは嫌いではないけれど、
 春が待ち遠しいです。

 
 どうぞ、お身体大切にお過ごしください。

 ここまでお付き合いくださり
 ありがとうございます。

 皆さまが健康で豊かで、幸せでありますよう
 願わせていただきます。