皆さま ごきげんよう。
ひとつ前のブログで第九識(だいきゅうしき)
晢通力(せいつうりき)という
エネルギーについて
書かせていただきましたが、
思いの外、反響が大きかったので
もう少し追加することにしました。
これは、生前の師による御説法です。
興味のある方はご一読ください。
話は少々難しいかもしれませんが、
頭で理解しようとせず、
淡々と読み続けてください。
生命(いのち)のこと、
徹底して教えてますが、
肉体を持っていると
肉体の固定観念に縛られてしまう。
みんな、そっちの方だけれども、
そういう肉体の固定観念を超えて
魂、霊実在そのことを信じて感じて、
そして生命も肉体も自由自在にする。
こういうことを信じる者は少ないんだよな。
エネルギーは自由自在に動かすことができて、
エネルギーが少し少なくなった状態で死んでいく。
血の巡りが悪くなって、
エネルギーが乏しくなったっていうのが死なんや。
ところが、エネルギーで
これを自由に変えれるというのが
生命としての本質。
こういう体験の話。
これは、20何年も前、
小学生の素直そうな子が会場に入って来た。
お母さんが俺の話を聴きたいと言って来て、
息子も一緒に聴きに来たけど、
こういう話、息子は別に聴きたくないわけや。
でも、そばでじっーと正座して待っとったら、
話終わった時点で
足がしびれて立てんくなった。
「よし!君な、俺が瞬間で、しびれ取ってやる」
こういうのを”ふうち”というんやな、
エネルギーの移動ができる。
これ信じると、
ぱっと自分にそれを現せられる。
で、わざわざこれを見せながら、
「よし!一瞬で取ってやる」
って、これを必要なだけすれば取れるなと。
でも少し多めにやってやればいいと思って、
さらに俺は持ち上げて回すと
「わっ!しびれ取れたけど、足が・・・」
行き過ぎもいかんのやと、元に戻して、
そのエネルギーを調整した。
「あ!」っと、治った。
素直な者は、
そのエネルギーをさっと自分に現せる。
本来、エネルギーは波動。
でも肉体の固定観念は、
これに応じないわけです。
じゃぁ、今ね、この話で足しびれた人、
手あげて。
この話を聴いて、そうやなと思った時、
このエネルギーを自分が受け入れると
状態が変わる。
例えば、お腹が痛い。
こんなんエネルギーで
調整してやるとお腹痛いのが変わる。
以前、俺の家に居候している
22,3歳ほどの子がおったんです。
「先生、最近、便秘で困っとるけど何とかして」
って言うから、
そんなこと、
いちいち俺がやるもんじゃないけど、
経験させるため、
これもエネルギーが
ちょうどここでいいなと思う所で、
一歩持ち上げて、そしたら、
「先生、便秘治ったけど,今度、下痢になった」
やっぱり、これも行き過ぎかなぁと
元に戻してやると治った。
すべて、こういうことは
生命の事実として
肉体ではこうだという常識じゃなくて
霊的なことを一歩進めて、
それを自分が、
自由に現せるものになっていくことやな。
幽体離脱って聞いたことあるやろ。
幽体離脱って、
要するに肉体は死ぬことなんや。
そのまま、幽体離脱したままでいくと
死にます。
幽体の働きがあって、
肉体は活動するわけや。
魂、霊という実在は元だし、
絶対の第九識というのは何もかも現す。
俺は、今、その意識を肉体で生きとるから、
俺のことを思ったら、
生命のことは、自由自在に進んでいく。
自分が自由自在に演じられる者になりたいと
思えば、死ぬような病気してみせとっても、
それは演出ってもんや。
だけど、肉体の固定観念でいってしまうと
死ぬような病気すると
そのまま死んでいくんです。
貧乏も演出してるんや。
でもそれは、
自分が演じているということをわかっていて、
それを演じているんだったら、
ド貧乏は、演じている楽しみであって、
肉体が行きがちなのは
肉体の表面ばっかりで、エネルギーがない。
でも、みんなそれをやってる。
表面ばっかりで、
例えば、国会議員だったり、
総理大臣、表面ばっかりやってます。
生命としてのエネルギーはない。
だから、オーラがないわけや。
エネルギーがあふれていたら、
表面は、全然派手じゃなくっても
そのエネルギーで見事に生命を
輝かせてしまう。
これを俺は実現させてやるよと。
そしたら、これを全部、
自分たちが
「理解しないとできない」
と言ったら永遠に無理や。
俺がこうして話していることに
理解するというより、
俺が与えた力を
自分が素直に使うというならこれはできる。
じゃぁ、金と晢通力どっちほしいんか?
っていったら、現世では「金」とこういくんや。
そんな理解できん晢通力よりも。
でも、終わっていく肉体の生命を
誰もどうにもできんけれど、
晢通力は、これも自由自在にできる。
金で、できんことをさせてやる。
必要なら、金もそこまで生み出せるし。
そう教えとるけど、みんな使わないんや。
俺はその晢通力を使う。
何でも、自由自在に演出できるから。
肉体では、死ぬような病気もしてみせといて、
演出してるから、
誰よりも元気になれるし、
貧乏も演出してみせといて、
そしてどうにでもできると。
何でも生命のことは、自由自在にしてやると。
必要なら、
寿命も健康もお金も物も何もかも
自由自在に全部させてやる。
これを実現できる晢通力を与えている。
でも、信じてないんや。
信じてない者は使えんけど、
素直であれば使える。
さっき言ったそういう話題も、
それだって素直さでいくやつは、
足のしびれも取れたやないですか。
どんな不調も瞬間で治ったりする。
それが必ずしもいいとは言わん。
でも、晢通力を使うことを
自分が地道に積み上げていけば!
霊という存在を忘れていては
晢通力は存在しない。
見えない。
見えないけど霊は思いで存在する。
肉体が終わったけど、
これを現したかったという霊という存在を
忘れたら、晢通力は使えない。
で、この前、南座のこと言ったな。
肉体を持ちたかったという役者たちの思いが
随分集まっとる。
だから、時々、幽霊の写真に出たりするわけや。
でも、南座くらいじゃない。
南座の規模の一兆倍くらいの霊が、
おぐら座に集まっとるぜと。
何でかというと、俺がいるからや!
おぐら座とは、金沢にある芝居小屋のことです。
霊的な場所です。
数日前、山形にお住まいの方から
メールを頂戴しました。
「新潟で講演会はないのですか?」
この方、亡き師と霊能者アミさんに
会ったことがあるそうです。
いやぁ、ビックリしましたよ。
タイミングよく、新潟で講演会あるのです。
彼女の魂が第九識晢通力のエネルギーを
求めたようです。
こちらの温泉、
以前は大橋さんというお名前だったそうです。
師が100回以上入られたお宿。
ある日、各地の温泉で歌うグループ、
◯◯さんがやって来られ
師に会われました。
その年、紅白初出場となりました。👏
山形の方からの連絡がなければ、
私は新潟講演会のお知らせをするつもりは
ありませんでした。
日が近過ぎて。
12月4日(木)
13時開演、2時間ほどだそうです。
会費は2000縁。
新潟は縁ある方が多い地。
魂が反応した方、ご連絡下さい。
haru8816forest@gmail.com
アミさんにお繋ぎします。
後日、アミさんからショートメールが
届きます。
終了しました。
今、京都に向かっています。
新しい出会いがあります。
人にも神々にも。
ここまでお付き合いくださり
ありがとうございます。
皆さまにとって、
今日も良き1日でありますように。
