過去の闘病の記録を書き進んでいきます鉛筆


入院した翌週に骨髄検査をしました。


骨髄検査の医師からの説明は、

「検査では3つの白血病の種類がでてきた。」

「①T細胞型急性リンパ性白血病、②混合型急性白血病、③芽球形質細胞様樹状細胞腫瘍。」

「③だと、症例が極端に少なくて難しい。」

「急性リンパ性白血病の治療を進めていく。」

でした。

また、お金もかかると話され、ソーシャルワーカーに相談できるよう話しておくと言われました。


その話を聞いたあと、はと夫と、

「③はおじさんがなる白血病の種類って話てたけど、おじさん臭いのは匂いだけにしてほしい(まめたの頭おじさん臭かったのです)。」

「お金のことも痛い」

と話してました。

→お金のほうが結局、医療費受給者証でなんとかなりました。

→③の病気の方の画像をグーグルで調べると、確かにまめたのできものに似ていました。




この間、(付き添い変わってもらい)私が家に帰ったことがあったのですが、

まめきちは、家でもいつもと違うことを察して、私が出かけるときも明らかに我慢して、いい子を演じていました。


私がいない時は、はと夫にびったりくっついて離れなくて、帽子と靴を買ってもらうときもイヤイヤしてたと実母が話していました。


私は可哀想で、

ドア越しに涙を流していました。


外出したら外出したで、今度はまめたが心配になり、体が2つあれば困らないのにと何度も思いました。



あれほどワンオペ育児で疲弊してたのに。




ものすごくあのときに戻りたくなりました。