夕方に、はとおと私は、別室で、サンタマリア先生から病状説明を受けました。
記録係に看護師が1人ついていました。
4人が個室の静かな部屋で座っていました。
このとき、まめたは目覚めていて、保育士さんに見てもらっていませんでした。
もう、話を聞くときは胸がドキドキして、帰りたい、帰りたいと思いながら、その場にいました。
悪いことは聞きたくない、少しでもいいことを聞いて希望を持ちたかったです。
サンタマリア先生
「採血の結果や、皮下腫瘤(小豆色のできもの)の生検の結果から、急性白血病の疑いが高い。貧血、血小板減少があるので、すぐに輸血が必要。」
「CTの結果から、脳の内側、気管にできものがある。肝臓、膵臓、左腎臓の腫れがみられているが採血データは問題なく、おしっこも溜まってない。」
「生検ではリンパ性白血病と骨髄性白血病、両方の兆候みられるので、おそらく混合性白血病」
「乳児の白血病も治癒率が低くて、珍しい。混合性白血病も治癒率が低くて珍しい。前例がないので、治癒率が何%とか言ってあげられない。(このとき、サンタマリア先生は本当に申し訳無さそうな顔をしていました)」
「この白血病のプロトコール(白血病の型ごとに定められた抗がん剤などの治療計画)はないので、週明けにマルクをしてから化学療法をどうするか検討する」
「移植をする予定。入院は最低一年はみてほしい。」
びっくりしました。
思っていたものより、さらに悪かったです。
医療って、今まで試してきた治療の経緯から、効いたものを統計して治療計画としてあげるか、
または、原因がはっきりしていて、その原因を取り除く、、、
っていうのがスタンダードだと思うんですが、
珍しくて、同じ条件の病気の治療方法なくて(当時)、
白血病も原因不明だとすると、
。。。。
落ち込みの隕石が自分のとこだけに落ちてきて、旦那を見る余裕がなかったです。
そのとき、自分は、
「これから楽しいことがたくさんあるはずなのに、1歳過ぎたら、歩いて、外で草を引っ張ったり、すなをかき集めたり、水たまり踏んづけたり、色んなことがあるはずなのに(まめきちを1歳すぎまで育ててそう思いました)。一年も病院にいなくちゃいけなくて、(そもそも、治療しても死ぬかもしれなくて)、、、(つらい)」
と泣きながら、うつむいて、話したような気がします。
旦那もなんか質問していた気がしますが、覚えてないです。
泣いたあと、とっとと治療せねばならないので、入院診療計画書、日本小児がん研究グループの同意書(JPLSG)、血液疾患と小児がんに関する疫学研究参加に関する同意書、PICC(中心静脈カテーテルの肘バージョン)の同意書、輸血の同意書など10枚近くの同意書のサインをしました。
先生と看護師が部屋からでて、夫婦で話し合う時間をくれました。
はとおと話し合ったのは、「いい話一個もなかったな」って言うことと、勤め先の上司に入院は一年になることを伝えると話してました。
はとおは、ショックを受けている様子はありましたが、泣いたり、動揺した発言はなかったです。
私はそのまま入院の付き添いを継続し、はとおは家に帰りました。
私達夫婦、タンパクで、お互いのメンタルをフォローする感じではないです。
私は、はとおが泣いたところをみたことがありません。
私も入院の最初の頃や、所々の場面で声はかけていますが、
他の家族のように、
つらいけど頑張ろう!とか、
お互い抱き合って泣きあうとか、なくて、
逆にそういうことができる家族だったら、羨ましいなぁと思っていました。。。
でも、私も自分の感情を表に出すのも苦手だし、出したら、はとおもドン引きの顔とコメントを繰り出すので、基本ポーカーフェイスです。
特にこの時期は、泣かないと、今後差し障りがありそうなとき、自分でメンタルコントロールを図るときにだけ泣くようにしていました。
あまりに泣きすぎると泥沼化して、這い上がってこれないような気がしました。
今までも孤独な戦いでしたが、今後さらに過酷になっていきました。