って、いうけれど、
古傷ゴシゴシ掻きむしって
疼かせてるの自分じゃん!
私「雨だから長靴履きなさい!」
娘「みんな履いてないからイヤ!」
私「みんなって誰なの!」
って、叱られたの覚えてる?
娘に聞かれたことがあります。
まったく覚えてない私。
何気ない日常会話。
通園の朝の押し問答
だったんだろう。
「あれ、みんなが履いてない
から嫌だったんじゃなくて、
歩きにくいから嫌だったんだよ
長靴の意味なんて
理解できなかったもん。
でも、絶対雨の日は長靴が
いいに決まってるわ〜
」
今なら私の小言が
理解できると笑っていました。
子育てって、そんなことの
繰り返しだったよなぁ。
門限とか、
オールのカラオケ止めたりとか
(兄ちゃんには緩かったのに!とよく言われる)
他人への挨拶とか
遅刻するなとか
…
挙げるとキリがないです。
私が親に言われたことを
丁寧に継承していたんだよなぁ。
それで、
こういう話題になると
私の心はチクッとします。
記憶にないだけで他にも
子どもの気持ちを塞いできたこと
たくさんあるんだろうなぁ
娘の何気ない一言で
一気にそんな思いがわいて
きてしまう。
拒食症を知るまでは、
母親としての義務を果たして
何が悪いの⁇って
自信満々で最高の母してたものね。
拒食症が我が家の門をたたいて以降、
母親のそんな縛りのせいで…
という、あちこちで目にし耳にした
文言が頭の隅っこに残っている
んだろうなぁ。
「母親が原因」という言葉が
私の心に刺したところの
古傷なんだろうなぁと思って
います。
拒食症を記憶の外に追いやることは
できないけれど、今は、
子どもたちには
「ほんっとに不出来な母で
ごめーん
」
自分には
「ほんっとによく頑張ったで
ねーの
」って
言葉だけで、いいやと思えます。
子どもへのごめんねーは
いらないんだろうけれど、
湧いてくるごめんねだから
しゃーないです。
まだ謝りたいんだなぁ
今日、新刊本として
こんな児童書が仲間入り。
娘に当てはまるところもあり
当てはまらないむしろ逆
という
ところもありました。
読んでいたら、
「一緒にキョショクラー
を
を退治しようね❗️」
そんな言葉をかけていた頃を
思い出して、一人クスクス🤭
笑ってしまいました。
五年前なら手が震えて、
読めなかっただろうなぁ。
ここには
お母さんのせいなんて
メッセージも
摂食障害=悪者という
メッセージも
ありませんでした。
ここを通過したところに自分は
いるんだなぁとあらためて
認識しました。


