母が亡くなって以来


一人で頑張っていた父が


今年2月半ばに緊急入院し、


施設への入所を検討中の矢先


コロナが拡大。


父の病院がコロナ対応の病院だった


ため、施設入所への話が中断。


4月に高齢者専門の病院に転院。





そしてこのたび


ようやく施設へ引越しの


運びとなりました。




退院・入所に付き添うため


二ヶ月振りに東京入りです。




コロナは怖いけれど、


やっぱり故郷はいい照れ




二ヶ月も会うことも話すことも


なくて、「忘れられてても


仕方ないね」と話ていたら、


二箇所目の病院の治療が良かった


のか、二ヶ月前は元気なく


ぼんやりしていた父が、


お得意のjoke飛ばす父に戻って


いてびっくりしました。びっくり





どこでも


「みんないい人ばかりなんだ」と


感謝しかしない姿も健在でした。





二ヶ月振りでも、


施設の部屋の整理をする間だけ


が許された面会時間でした。



でも、歩けること


話せること


冗談さえ言えること…


本当によかった




笑って、またねとハイタッチしたら


こっちの掌が痛い痛い。


(恐るべし父上さま爆笑




明けて昨日は実家の片付け。


テレビや母の仏壇が運び出された


部屋はすっかり広くなりました。


レンタルしていた父のベッドの


返却も済ませ、


埃の山を取り払ったら


そこだけ畳が青くて


寂しさが増しました。

(感情持ってかれてんぞ、私!)



草ぼうぼうの庭を掃除して


部屋の掃除でテレビ台を


動かしたらあれまっ!


一万円札が一枚びっくり



父の部屋で在宅ワーク中の娘と


大爆笑🤣🤣でした。


(おじいちゃんからのありがとう」

かもね😊)




その後休憩兼ねて


母のショッピングカートで


買い物に出かけたら、



母が毎日歩いた道


母が通った町のお医者さん


母お気に入りの試食コーナー


母が…


母の…って



勝手に心が思い出話をしてきて


胸が少し苦しくなりました。




もういないってまだ思えないね


どっかに出かけてるみたいだね


娘も思い出がたくさんあるの


でしょう。





その帰り、なぜか


みんなが空を見上げています。



虹?地震雲?隕石?何事??と


キョロキョロする私たち母娘。




見えたのは



(スマホが間に合わず画像を拝借m(._.)m)

ブルーインパルスの


医療従事者への感謝飛行と


知ったのは実家からの帰りの


山手線内でした。





何も知らなかった私たちでしたが、


ありがとうのような


おつかれさまのような


がんばれ!みたいな


メッセージが伝わってきて


胸が温かくなりました。




街中でみんなが、距離を保って


手を振ったり、


スマホかざす姿も


日本人の底力を見た気がして


元気をもらえました。







一夜開けて今自宅へ向かいながら、


(あれ、もしかして


母からの「ありがとう」⁈)


そんな気がしています。



空から母のありがとう…天福


畳から父のありがとう…地福




楽しいむかし話天福地福


思い出しながら自宅へ帰るところ。