「今、どこにいるんだ?」

毎朝の電話で、父の第一声です。


そばにいてあげられなくて、
悪いなぁ、娘なのに…と、思う時は、
父の声が寂しそうに聞こえます。

忘れちゃうから確認してるだけね
と、思っている時は、
私「こっちだよ、今日は仕事なの」
父「あ、そうかそうか笑」
だけ。


私の気持ちで、父の声が変わって
聞こえるから不思議です。


(大丈夫を前提にすることの
大事さを娘に特訓してもらって
いるおかげかなウインク




そして、今、四十九日のことや
お墓のことなど、
父が決断しなければならないことが
たくさんあります。

私が自宅に戻ってからは
父とのやりとりは弟の役目。

段取りよく効率的にしたいと
焦ると、父は立ち止まってしまいます。

そんな時は「考えておく」が常套句
になり時間ばかりが過ぎてしまうのです。




そうなると、私の出番です。


先週自宅に戻り、距離が離れている
ことで、
気持ちが持っていかれずに
大事な要件も、他愛ないおしゃべり
の延長線上で回答してくれるのです。


きっと弟と私、話していることは
同じなんだろうけれど。

近くで見ていると、
なんとかしてあげたくなるもの。

先週通いつめていた時は、私も
ハラハライライラすることが
ありました。


認知症も少しあるし、仕方ないと
わかっているつもりでも、
親だもの。
切なくもなれば、
何とか楽になるように
困らないようにと、つい先走って
しまうのです。

当たり前かもしれません。


そして、子どもにいろいろ
言われて、自分が情けなく感じて
意地張ったりする父も
当たり前なんだろうな。


大切な家族だから。


私たちが心配するのも
私たちに心配かけたくないと
頑張るのも、

生理現象と同じくらい
自然なことなのかもしれない。


今、自宅に戻って、
一人の時間を持つことで、
ちょっとだけ冷静になり、
見えてくるものがある、そんな
気がします。



ただ、「そうか、そうかぁ」と、
聞くだけで、
父の声が穏やかになるなら、
それは遠隔親孝行でしょうか。



ま、そういうことにしとこかてへぺろ



写真の母が、
「まったく、調子いいわね」えー
と、笑ってる。



父への「そうか、そうか」が
できるようになったのは、
まぎれもなく娘の拒食症の迷路で
声枯れるほど泣き叫んだ日々の
おかげです。


娘の拒食症、長過ぎる年月ですが、
全部今に繋がって、
仁さんの言葉通り、
〝どうせ幸せにしかならない人生〟
に向かっているのです。



おばあちゃん「あんた、どこまでめでたいの!」
ありゃ、また聞こえた。