昨日、母と久しぶりに長電話を
近況などをいろいろ話していて
うち(実家)のお隣さんが亡くなられたことを聞いた
もともとお隣にはうちの本家があったのだけど
数年前に引っ越しをされ、家も売りに出され
しばらく福岡市内で美容師をされていた方が入居することになりました
彼女はもともと地元がこの辺りで
晩婚でお子さんはおらず
10歳も年下だった旦那様が結婚後すぐに亡くなられ
その後地元に戻ってこられたのでした
お隣の家にはお一人で越してこられ
途中からはお兄さんも一緒に住まわれていたのかな?
福岡市内まで美容師として通いつつ
お隣にも美容室を構え
地元と市内とを行き来しながら美容師をされていました
越してきてすぐにはあまり交流もなく
どんな人かもわからなかったけれど
私が長く地元を離れている間に
母はいつの間にか仲良くなっていて
私も出産でしばらく帰ったときに
いろいろ話したり仲良くなったりしたのでした
関わってみると
彼女はとても気さくで明るく、気配りもできて
それでいてとてもざっくばらんでステキな女性だということが分かりました✨
私に子どもが誕生したこともとても喜んでくれ
たまに抱っこして散歩していると
美容室にお客さんがいないときには
こっちにおいでよ、と招いてくれ
お茶しておしゃべりしたりしました
私も彼女と過ごすその時間はとても好きで
これからは里帰りのときには必ず会おう
と思っていて
2月に帰ったときにもお土産買っていったりしたのです
とてもお元気だっただけに
昨日の母からの訃報が信じられず。。。
もちろん、母も信じられなかったようです
入院されていたことは、母は知っていたようですが
そんなに悪い状態だとは知らず
戻ってこられたら会いに行こうね
と友人と話していたのだそう
彼女のお母様が隣組のことを聞いてこられたときに
最近彼女の調子はどうですか?
とたずねたところ
いま息を引き取りました…
と言われたそうです
葬儀も身内だけでするため隣組のヘルプは必要なく
焼香なども大丈夫です
とのことだったため
葬儀への参加はできなかったようです
彼女はうちの母とは1歳違いだったのだと
昨日母から聞いて知ったのでした
いろいろと深くショックを受けました
身近な人が亡くなるときは
やはりいろいろ考えさせられます
自分のこと
親のこと
子どものこと
友人のこと
生きるということ
死ぬということ
とにかく、たくさんのこと
次に会ったときに!
と考えていても
次はないのかもしれない
という当たり前のことが
なかなか実感できないでいることが多い
やはり
次に!
ではなく
今!
行動を起こせるように
生きている
ということが
実はとてもすごいということ
素晴らしいということ
それはいつも心にあるけれども
でも
関わっているこの人との時間も
ちっとも当たり前ではないということ
とても限りあるものだということ
それを改めて感じるのです
自分も
周りにいる大切な人も
この世とのお別れをするその瞬間に
良い人生だった
と思えるように
幸せだった
と思えるように
その人生に感謝できる人でありたい

