手を合わせて目を閉じてはたと気づく。
特に何もお願いすることがない。
初詣の混雑が無くなっただろうと見越した頃に、日頃お世話になっている神社さんにお参りに行ってきた。
ここ数年の私たちは、神社に行くのは何かの祈念ではなく「得意先への挨拶回り」の様相を呈している。
先日も「昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします。」というご挨拶に行ってきた。
2月にまたじんさんの奉納演奏をさせていただく京都の九頭竜大社さんでは少し変わったお千度参りがあるのだけれど、それを久しぶりに行っている時にとてもとても熱心に手を合わせて頭を下げて長時間お祈りしてらっしゃる方を見かけた。
もしかしたら祝詞をあげたり真言を唱えていたのかもしれないけど、あまりに熱心な様子にどうしても叶えてほしい願い事があるのかもしれないなあと見ていた。
それは自身の心願成就や病気平癒かもしれないし、もしかしたら近しい人のそれかもしれない。
今の私たちはそこまで熱心にお願いすることがないというだけで、実はすでに、すごくすごく恩恵を受けているのだろうなという話をした。
一時期まことしやかに言われていた「神社ではお願い事をしてはいけない」はわたしは嘘だと思っているので、お願い事があるときはしっかりお願い事をする。(ちなみに感謝も添える)
だけど今は、
特にお願いすることがない。
受験生の娘にお守り購入を頼まれたので北野天満宮さんにもお参りに行ったけれど、
手を合わせて祈ったのは「娘の人生にとって必要な場所に向かわせてください」だった。
そしてそんなのお願いしなくてもきっと、
神様はいつも計らってくれている。
受験お守り!!
あ。
今、特にお願いするとすれば、
「じんさんの魔法のうたが世界中に広まって、楽に幸せに生きられる人が増えますように」だけだな。
来週は2箇所の神社参拝予定が入っている。
よし。それをお願いしてこよう。
今日も読んでくれてありがとう![]()
星野えみでした。


