そんなことを考えていると、不意に言葉が口からこぼれました。

「ねぇ、貴将さん」

……あ。

言った瞬間、自分でも驚きました。

今までずっと「佐藤さん」と呼んでいたのに。

初めて、名前で呼んだんです。


佐藤さんも目を丸くして、わたしを見つめました。「今……」

「うん」

少し恥ずかしくなって笑います。

「初めて名前で呼んだ」

「びっくりした」

佐藤さんは照れたように笑いました。


「なんか急にどうしたの?」

そう聞かれて、わたしは少し考えてから答えます。「だって…」

少し照れくさい。

でも、ちゃんと伝えたい。

「わたしも、いずれ佐藤になるんだから」

そう言うと、佐藤さんは一瞬言葉を失ったように固まりました。


「苗字で呼び続けるのも、なんか変かなって思って」

そう続けると、佐藤さんは耳まで赤くしながら笑います。

「反則だなぁ、その言い方」

「え?」

「朝からそんなこと言われたら、嬉しすぎる」

その表情を見た瞬間、わたしまで恥ずかしくなってしまいました。

「じゃあ…これからは貴将さんって呼ぼうかな」

そう言うと

「うん」佐藤さん――いや、貴将さんは、とても優しい笑顔で頷いてくれました。

「俺も、その方が嬉しい」

その何気ないやり取りが、胸の奥にじんわりと広がっていきます。


結婚の約束をしたわけじゃない。

未来が決まっているわけでもない。

それでも、自然と

「いつか同じ苗字になれたらいいな」

と思える相手に出会えたこと。

それだけで十分幸せでした。


わたしは改めて思います。

妊活だけじゃない。

これから先、嬉しいことも、苦しいことも、きっとたくさんある。

でも、この人となら、一つひとつ乗り越えていける気がする。


朝の柔らかな光の中で、そんな未来を少しだけ想像しながら、わたしはもう一度、小さな声で呼びました。


「貴将さん」

「なに?」

「……呼んでみたかっただけ」

そう言うと、二人で顔を見合わせて笑いました。


その笑顔が、今までで一番あたたかく感じた朝でした。


次回へ続きます。