昨夜、両親に電話した時、母が虚しいと呟いた
「八十も半ば過ぎ、少し無理をすれば翌日にドッと疲れが来て起きれなくなる
横になっていても痛みが出てくる
友人たちと話せば、連れ合いを亡くした悲しさだったり、自分が年を取ると子どもの方が早く逝ってしまう事もあり、皆が虚しさを訴えてくる
いつも長電話をしてくる友人が認知症になり、全く容体も分からなくなってね…どうしているのかしらね…
若い時はまだ乗り越えられる事が、年を取り体調が優れない日が続いてくるとこんなものよ…」なんて言う
そしてお決まりの言葉
「私はね、あなたが年取って、私たちもいなくなった時が心配なのよ…いったいどうやってこの虚しさを一人で受け止めるのかと思うとねぇ…」
これを聞くと泣けてくる…
本当だったらすぐにも駆けつけて、顔を見ながら話をしたいけれど
コロナ禍でなくても、私はすぐに帰省は出来ない状況で、せめて電話で母の話を聞くしかない
主人と息子の介護をすると決めた時に両親妹弟や親友たちに何かあっても何の役にも立てない事まで思いは行かなかったかな…
遺伝性の難病は家族内に複数病人を抱えるようになり、看る人は一人なんて事もでてくる
介護を全うするには一緒に住む家族以外の身内や世間に不義理をしてばかり…
そんな事を思いながら、母の話を聞いていた
次に父に変わり、東京都の選挙はどうなるのかねとか、いろんな世間話の後に、コロナ禍で家にこもっていても起こる人間関係の難しさに話は行く
父が言う
「人間って言うのは最後になれば一人だからね…
それに年食えば、皆頑固になるしね
『頑なになる』とは『年寄り』の同意語だって思うんだ
だから頑なにならないように柔軟でいて、人の言う事をよく聞いてって…
いつも心に言い聞かせないと駄目なんだよね
やっぱり仲良くなった人の事は大事にしないとね
嫌な事があったらちょっと離れていりゃあいい
そんな時にくっつくとろくな事がない
同じ空気を吸いたくないってヤツだよ」
父の話を聞きながら、「私もかなり頑固になってきたよ!」と言うと、「自分の頑固が分かりゃ上等だ!」なんて笑い合う
家の中で一人で抱えてしまうと下品で申し訳ないがドツボにハマってしまう
誰かと話すって大事だなと思った
毎日、両親に電話して、「元気かねー?」とお互いを労うだけで話がスルリと終わる日がほとんどだけど、昨日のようにいろいろな話に発展する日もある
息子との時間を大切にするためにも、こうやって誰かの話に耳を傾けたり、自分の想いを聞いてもらいながら心を保っていきたいなぁ…
まとまりのない話をここまで読んで頂いてありがとうございます
皆さん、いい休日を!