どこまで気が強いんだと思ってしまう
ロッセリーニ監督を追いかけて行ったせいでどれ程苦労したことか、後に撮った映画、ストロンボリではこう書いている 脚本など全く存在しなかつた、私は気が狂ってしまいそうだったと双子の女の子を産みのち私の身体は像のようになったとも、炎のジャンヌ・ダルクで舞台に立ちその後の映画、追憶の映画が認められようやくハリウッドに復帰し記者に後悔は?
と聞かれるとないわ、やらなかったことには
後悔はあるけどと答える そののちの乳癌におかされてからの秋のソナタではかなり辛いポーズをしていたらしい 新聞の写真には
年老いた彼女の写真を乗せ、これがバーグマン?とでていたが北欧美人の面影は、鼻だけとは言え自伝には私ほど内気な子供はいなかった
と書かれている ジャンヌ・ダルクを1番演じ
たかったのは確かだと思う
ハンサム&ビユウティフルウーマン
イングリットバーグマン