(注:今回の記事も、トンデモ記事になります。仏教に真面目な方、ごめんなさいね。)
目の前に現れたプラユキさんは、すこし緑色がかかった、渋い茶色の布を体に巻いた衣装を着ていました。
眼鏡をかけて、にこやかにほほ笑みながら、自分の席へと静かに歩をすすめます。
(え!?女性!?)![]()
一瞬、プラユキさんが、女性に見えてしまい、ちょっとうつむいて、目をぱちぱちさせてから、もう一度プラユキさんを見つめます。
(え!?女性!?)![]()
2度見しても、女性に見えてしまいます。
言っておきますが、プラユキさん、50歳くらいの男性です。
坊主頭に、ごくごくわずかに、キラキラと光沢を放つ、渋い茶色の布を、ドレープをきかせて、体に巻いたその姿は、いかにもタイの僧侶、といった風情。
顔と胸元を視線を交互に移して、男性だよな?と自分でもいぶかしみます。
ひげもないお顔はツヤツヤとしていて、肌がきれい、という所ぐらいしか女性に勘違いしそうな要素はありません。
(なんで、女性に見えたんだ?)![]()
そう、いぶかしんでいると、プラユキさんの胸元からふわぁっと薄いピンク色の光が広がっているのが見えました。
それは、蓮の花の様な、上品なピンク色で胸元だけじゃなくて、彼の体を中心として大きく広がっているのが見えて、静かに歩くその姿に。
(観音様みたい…。)![]()
と、私は見入ってしまいます。
プラユキさんはにこにこと微笑みながら、正面を向いて座布団の上に座り、挨拶をします。
声はまさしく男性の物。柔和な語り口で、ちょっとマイクをいじりながらの挨拶です。
私が座っていた場所が最前列だったので、プラユキさんのとの距離は2m強でしたが、私の体はすっぽりとピンク色の空間に包み込まれています。
(でかっ!オーラフィールドがでかいわ、この人。![]()
ピンク色のオーラの人は、恋をしている、とか愛の感情が豊かだとどっかで聞いたことある。
このピンク色は、恋、というより、慈悲深さ、みたいな印象を受けるな…。)
そんな事を思いながら、プラユキさんの挨拶と、司会進行をしている方から、プラユキさんの略歴などが紹介されていきます。
ちなみに、プラユキさんは、日本人の男性で、タイで出家したから、そう名乗っているだけですので、日本語でお話をされています。
(…なんか、この人、どっかで見たことあるような…。
ユーチューブで見た、手動瞑想の画像じゃなくて、もっと昔に…。)
私が、プラユキさんの瞑想会に参加したきっかけは、昨年仙台を訪れた時に、出会ったへミシンカーのRさんから、勧められたから、というものと。
Rさんの出会いと、プラユキさんの手動瞑想をシェアしてくださった、座談会の模様を20年前に、夢で見ていたから、というものがあり。
私は、意図的に、プラユキさんの事を、特になにも調べずに、この瞑想会に参加していたのでした。
ですから、ユーチューブで見た画像をのぞけば、彼が何冊か著書を出している、という知識ぐらいしか私は持っていなかったのですが、不思議と見覚えがあります。
(…どこだっけ…ん…。
私が小学4年生の時の、お正月過ぎのテレビ番組で…。
親戚の家でついていたテレビ。
祝日で。雪が残っていた日で。
成人式の日の放映のNHKで、「新成人の誓い」とかなんとかの番組で。
上智大学の学生で、新成人になったばかりの女子大生が、抱負を語っていた所だ。
タイ・ラオス・カンボジアにボランティアに向かいます!
と、溌剌とマイクに向かって語っていて。
NHKの人が、その女性に後ろにいた男性にマイクを向けたら。
「いや、自分は今年の新成人ではなくて。彼女の先輩にあたります。
大学では哲学を専攻しており、彼女と同じグループで、一緒にタイに向かってボランティアを勉強してきます。」
とか、なんとか答えていた青年じゃなかったか?
ん…昭和58年、59年…どっちだ?
多分、昭和58年1月15日だな。当時、10歳で、自分と10歳違いでこんなにしっかりした大人になれるだろうか?と不安に思った覚えがある。
多分、あの時の紺色のセーターにジーンズ姿の青年がこの人だったと思うけど…。)
そんな事を思いながら、簡単に仏教の説明がされていきます。
(ふーん、仏教って、キリスト教より少し古いんだな…。)
そうして、司会の方が作成した資料の用紙が参加者達に一枚配られており、それに目を通しながら、今度はプラユキさんの説明を受けていきます。
用紙には、
1.礼拝
2.三帰依
3.五戒
の文字があり、そこには、それぞれのタイの言葉のカタカナ表記と、そのローマ字での読み仮名と、日本語訳が書かれていました。
プラユキさんが身を置いているタイのお寺は原始仏教をしており。
現在では使われていない、古いタイの言葉、「パーリ語」で、経典を伝えているそうです。
パーリ語は仏教を始めた、シャカや、そのお弟子さん達が使っていた言語で、タイの人でも、死語となっており、普通には使われない言葉だそうです。
そこで、資料を目を通しながら、皆で礼拝(れいはい)の言葉を唱えることになりました。
1、礼拝
ナモ タッサ バガヴァト アラハト サンマ サンブッダサ
(私は、阿羅漢であり正自覚者であるかの世尊を礼拝いたします)
って、かすれて、声がでません~~!!![]()
喉が痛いとは思っていましたが、完全に喉にキテマス!!
残念っ!!
そして、三帰依(さんきえ)の説明が入ります。
仏と、法と、僧に帰依いたします、って奴です。
続いて2、の三帰依の言葉を唱えます。
なんか、ちょっと楽しくなってきていました。
続いて、3、五戒。(ごかい)
僧侶が守らないといけないとされる5つのルールの事ですね。
これの説明があるのですが。
簡単に言うと、①無益な殺生はしない②盗みをしない③みだらな行為をしない④嘘を言わない⑤酒を飲まない、という戒めを守ります、というもの。(これ、私流にはしょっていますからね☆)
私の目が釘付けになったのは…。
③みだらな行為をしない
(無理無理無理無理無理無理無理無理!!)
動揺して、うつむいた私をよそに、静かにプラユキさんが5戒について説明をされていきます。
プ「生き物とは、動物だけじゃなくて、植物も含まれますよ~。
生きていくためには、やはり殺生はしていますから、せめて、自分の欲の為に動物を殺すとかは辞めましょう、という意味ですよ~。」
とか言われていますが。(聞いちゃいねぇ)
③みだらな行為をしない
(無理無理無理無理無理無理無理無理!!
大好きな人とのエッチって、すごく気持ちいいもんっ!
これを辞めろって、そんなの、無理っ!!
エロ大好き!!
エロサイコー!!
これを戒めるなんて、生き物として、無理があるんちゃうかっ!?)
プラユキさんが原始仏教の僧侶は肉食もしませんよ、とかなんとか説明をされています。
③みだらな行為をしない
(アレだよ?百歩譲って、酒と肉食を断て、とか言われたらやるよ?
盗みも嘘も言わないように頑張るよ?
でも、エロだけは、やめられんっ!!
これが一番、難易度高いわぁ~!!
エロ大好き!
エロを辞めろだなんて、無理!
あんな気持ちいい事、なんで禁止するの?
できることなら、好きな人と毎日、何時間でもやりたいくらいなのにっ!!)
プラユキさんが、盗みは当然いけませんね~的な事を言っています。
③みだらな行為をしない
(どうなの、コレ。
こういうのって、人間40歳とか、50歳になったら、興味なくなるのかな。
セックスって、最上の愛の表現だと思うんだけどな。
そんな事思うのは、私がまだ30代だからかな?
性欲=煩悩で、解脱を望んでいる修行僧には毒なのかな?
でも、生き物だし。
異性に惹かれるのは当然ちゃう?
なんで、ブッダはこんな戒律作ったんだろう…。
修行僧なんて、そりゃ、中高年もいたかもだけど、青年も大勢いただろうし…。
問題起きなかったのか?)
以下、しんじゅ☆♪脳内妄想劇場~~若き修行僧の悩み~~
修行僧「先生!若い女性を見ると、ムラムラしちゃうんですっ!!」![]()
ブッダ「女性を見なければよろしい。」
(ハイ!終了~~♪
明快だな。ブッダなら、きっとこう答えたな。
因果を考えて、根本原因を断つ、って所か。
しかし、人間の半数は女性だから、見るなって言っても…。
僧侶だって、托鉢とかあるだろうし…。
まぁ、そういう時は目線を合わせないようにするとしても、だ。
僧侶っつったって、比丘だけでなくて、比丘尼だっていただろうし。
一緒に修行してたら、嫌でも目につくわな。
僧侶って男ばっかりだっけ?
男だけで固まっていれば、別に女性に触れる機会が無ければ、妙な煩悩は沸かないかな…。
友人K『お前の前世すごいぞ?身分の垣根を越えて、女人禁制の宗教の世界に女性信者を作ったんだ。』
(↑ 過去記事:閑話休題:持国天
より)
なんだろ…なんか、やっぱり祇園精舎に女性もいた気がする。![]()
これって、真っ向から師匠の意図と反発しているよね?
でも、その時、仏教はすばらしいんだから、男性だけにとどめておくのはもったいないって、きっと思ったんだ。
女性にも教えた方がいいって…。
なんか、師匠にがっかりされた気がする。![]()
お前のせいで、仏教の進歩が500年ぐらい遅れる事になるとかなんとか。
こんなムラムラする気持ちがあったら、そりゃ同じ敷地内に男女が一緒にいたら、気持ちも浮わつくわなぁ。
って、何をお寺の中で中二男子的妄想をしているんだ、自分。
恥ずかしぃなぁ、もう。」(/ω\)![]()
プラユキさんが、タイの僧侶は結婚しません。
しかし、在家さん達は結婚しても、構わないんですよ?
不倫とかはいけない、という事を言っているんです、とかなんとか説明されています。
③みだらな行為はしない
(♪ピー♪(←倫理的に問題のある事を考えている為、自主規制)
…ま、つまり、アレだ。
今、坊主でなくて、良かった♪)![]()
そうして、5戒の説明が終わると、また全員でパーリ語で復唱をします。
自分は喉が痛くて、うまく声が出せませんでしたが、なんとなく楽しく感じます。
そうして、プラユキさんが、にこにこしながら、これで皆さんも僧侶ですよ?と茶目っ気たっぷりにお話されています。
プラユキさんは自分のタイでの暮らしなどを語られます。
朝早く起きて、托鉢にでむき、食事はそうして得たものを食べるだけ。
道路もきちんと整備されていない田舎道を朝霧の中歩いて托鉢にでむく。
素朴な暮らしぶりを聴いているだけで、なんだか気持ちが落ち着いてきます。
毎日こつこつとその日その時の出来事に感謝しながらの静かで、精神性の豊かな暮らしぶりがうかがえます。
そうした日常の出来事をお話されている事自体が、とても分かりやすい説法だなと感じました。
そして、ブッダの教えも分かりやすい言葉で優しくお話されていきます。
私は、仏教という物は、精神の未熟な人間が、成熟した人間の教えを乞う物、というイメージを持っていたのですが。
どうやら、原始仏教は人間が気持ち良く生きるための人生哲学なのだな、という印象に変わりました。
それくらい、プラユキさんの言葉は分かりやすく人に対して優しい目線。
言い換えれば上から目線では、全然なかったでのす。![]()
そうして、司会進行の方が、プラユキさんにタイの言葉でお経を唱えられてはいかがですか?とお願いすると。
今まで聞いたこともない様な言葉がプラユキさんの口から発せられます。
意味はまったく分かりませんでしたが、私達をことほいでいる、という事はなんとなく分かりました。![]()
彼がパーリ語を口にすると、そこから金色に光る文字が、くるくると螺旋を描きながら天井のあたりで消えていきます。
可愛らしい象さんのイラストの様な、頭の天辺が横棒でつながった♪の様な文字は、金色に輝き、まるで金色のリボンに五線譜が描かれて、螺旋を描きながら登っては消えていきます。
プラユキさんの体の周りはふんわりと優しいピンク色に満たされて、その中で金色のリボンが舞うようなその光景は、とても綺麗で。
あぁ、こういうのが視えちゃうのは、共感覚のせいか、AS(アスペルガー)のせいなのかは、よくわからないけれど。(ASのネット診断をしたら、けっこう数値が高かった。ネットでいろいろ言われて気にしちゃっている
)
こんな綺麗な光景が視れるなら、脳がちょっとおかしくても、悪くないなぁと思ったのでした。
