1月20日、静岡県浜松市で開催された、プラユキ・ナラ・テボーさんの瞑想会に参加してきました。
時間に余裕を持って、行動した結果、きちんと目的地へとたどり着きます。
開催場所は、龍谷寺との事で、バス停のすぐ隣にあります。
普通、迷いようがありませんが、私は事前のチェックでここを見つけ出すのに20分位かかりました。
ほんと、こういう作業は、超、苦手です。![]()
お寺を眺めると、なんか、小物があちこちに置いてあって、堅苦しい雰囲気はありません。
なんか、親近感が沸く感じのお寺です。![]()
お茶・休憩所の東屋的な建物には寝釈迦像があったり、本堂の前に直径1mはこえる、線香をたてるでっかい鉢があったりと、想像より、かなり立派なお寺です。
ちなみに、私は神社・仏閣が苦手です。
なんか、そこに、というかそういう場所の周囲に溜まる邪気みたいなものに、アテラレル、とでもいうのか。
巷で言われる、パワースポット的な意味合いではなかなか楽しめません。
今回も開催場所がお寺という事で、正直、ちょっと苦手意識がありましたが、ここは清々しくていい感じ。
さて、境内に入ろうとすると、檀家さんらしき初老の男性が、にこやかにあいさつしてくれます。
男性「お話会に来たの?上っていって?」
私「あ、お手洗いを先に…。」
と言って、思わず、誘いを断ってしまいます。
一人で静岡入りしたくせに、いざとなると、ちょっと緊張しちゃいます。
ってか、今の人、普通の人だよね?なんかスピ好きっていうより、檀家さんっぽいよね。
そっか、そっか。お寺だもんね。きっと合同でやるんだな、と感心しながらお寺の入り口にある建物の所でお手洗いを済ませると、今度は年配の女性に同じように優しく声をかけられます。
檀家さん達、ぎらぎらした雰囲気ないし、地域密着型のいいお寺さんですな~。
そこで、一緒に靴を脱いで、階段を登り、擦りガラスに見事な登り龍の意匠があしらわれた、大きなガラス戸を開けると、そこは本尊が配置されている、お堂になってました。
あ、ここは、やっぱり檀家さんコースで、瞑想会に参加した人は、玄関から入るんだな、とか思いながら、テーブルの上のノートに名前と住所を書き込んで、カンカンに参加費を入れます。
広々とした畳張りの床の上に、よくお茶会なんかでみかける緋毛氈(ひもうせん)が敷かれ、そこに、まるでチェスの駒を配置するかのように、等間隔に前後互い違いに間を空けて、分厚い座布団が置かれています。
掃除が行き届いて、清潔感のある場所です。
ざっと見て、40人位は座れそうなスペースです。
建物内が、ちょっと、抹香臭いのが、なんとも気持ちが静まって来て、緊張した気持ちがほぐれてきます。
お堂には、少し高い位置に、いくつもの仏様?が安置されて、お花やお菓子がお供えされており、きちんと祀られている感じ。
視線を巡らせると、大きな木魚や、鉢等も置かれて、あぁ…お寺に来たなぁ、という気分になります。
最初、私は遠慮がちに、緋毛氈が敷かれていない、障子戸の近くの畳の上にちょこんと座ってあたりをうかがっていましたが。
事前に、マイミクさんから、「プラユキさんは声があまり大きくないから、近い席に座った方がいいよ?」というアドバイスを思い出して、思い切って最前列の一番端っこに陣取ります。
私の動きに合わせて、長い黒髪の同年代と思しき女性が一緒に移動してきます。
お互い顔を見合わせて、「せっかくここまで来たから、近い席がいいよね?」と笑いあいます。
参加者はご年配の檀家さん達と、ちょっとスピに興味ありそうな中高年の方々。
全部で30人ぐらいでしょうか?
チラホラと若い人がいますが、それでも私が若い部類に入る感じですかね。
20代の綺麗な女性もいますが、30代の茶髪の私も、参加者の中ではなんとなく浮いてる感じ。
お昼にたらふくウナギを食べ、風邪薬を飲んだ関係か、お堂の中は暖房が入っているにも関わらずうすら寒く感じて、頭がぼんやりとして、眠気を覚えます。
ちょっと熱があるかもしれません。
この日は、晴天に恵まれましたが、風が強くて、建物の中に入っただけで、十分温かいぐらいでしたが、私は自分のコートを膝にかけて、プラユキさんを待つことにしました。
少しして、お坊さんとか、尼さんが何人か入ってきます。
私は、ボンヤリとふかふかの座布団の上で、正座はどれだけ持つだろうか…なんて考えていたら。
プラユキさんが、自然に、静かに登場しました。


