私「え…。」


すらりと伸びた白い腕は若い女性のもので、あっという間に私の両ひざに絡みついたかと思うと。
私は一気に水中へ引きずり込まれました。
泉は地上から見た光景のままに、石で積み上げられた囲いがそのまま水中深く繋がっていました。


バシャン、ゴボゴボ…。


(一体、何が…。)


水中に引きずり込まれる時に、少し水を飲んだようです。
驚きつつも、呼吸を止めて、水中で瞳を開くと、長いブルネット(黒髪)の外国人の若い女性が私を捉えていました。
白い半袖のワンピースに蝋人形のように、つやのない白い肌。
黒く豊かな髪が、水中で大きく広がり、生気のない瞳でこちらを見上げています。


(この女性は、以前SOコードを聴いた時に現れた女性だ…!)


あの時も、湖の中で苦悶の表情を浮かべて手を伸ばしていた彼女を引っ張りあげたハズですが。

私の腰に女性の白い両腕が絡みつき、私は息を止めたまま、思わずそれを引きはがそうとします。
彼女の黒髪が水中花の様に、水中に大きく広がり、私の視界を防ぎます。


(く…外れない。なんて力だ…。)


私は思わず、上を見上げます。
遠くに青空がのぞく銀色の水面が丸く波紋を浮かべて揺れて見えました。


(いつの間にか、水面から3m程離れている…。
 落ち着け…。
 溺れる者がしがみついているんだ。
 相手が若い女性だろうと、一度捕まえられては、逃れられそうもない。
 死に物狂いでしがみつかれては、誰だろうとひとたまりもない。


 だが、1分や2分、呼吸ができなくても、死にはしない…。

 苦しくて、すがりついているだけだ。
 その気持ちは分かる…。


 まずは、安心させて、私を足掛かりにして、彼女を水面に押し上げるんだ。
 女の子一人を上にあげるのに、そんなに時間はかからないハズ。


 落ち着いて…。
 心拍数を上げると、酸欠のリミットが近くなる。)


私はそう、気を取り直して視線を水面から自分の下におろします。


私「ゴボァ!ゴボゴボゴボォ…。」


私がそこに見た光景とは。

私に取りすがる、ブルネットの女性の腰に、死蝋のようにつやのない白い肌に明るい茶色の髪の若者が。
そして、その人物の腰にまた別の人物が。
同じような時代の、同じ国籍の雰囲気の漂う衣装を着た外国人の老若男女が数珠つなぎにそれぞれの腰にしがみつき。
それぞれが、死んだ魚のように虚ろな瞳を大きく見開き、こちらを見上げていたのでした。

底の見えない、ほの暗い水底から、彼らの瞳だけが、ヌラヌラと白く輝いて見えて。
灰色の石で丸く囲われた水中に揺らめく彼らの姿は、井戸に閉じ込められた虜囚の様でもありました。


(カンダタかっ!!)(←注:芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の主人公の名前)


私はそのおぞましい光景に、思わず肺に残っていた全ての空気を吐き出してしまい。
直後に、水が気道をふさいできました。


(く、苦しい…。
 胸がふさがった。
 無理だ!彼女一人なら、なんとかなると思ったが…。

 落ち着け!脳が酸欠になる…。


 く、空気、呼吸がしたいっ!!

 落ち着くんだ、こんな事はあり得ない。


 ここは、フォーカスエリア。
 私の精神世界だ!


 落ち着いて、まずは、水中でも呼吸ができると思い込むんだ。
 落ち着け!呼吸はできる、呼吸はかなう…。)


私は背中にツインの純白の翼を出現させ、水中に空気があるイメージをしました。
ほの暗い水中が柔らかい黄色の光に包まれます。
すると、水中にも関わらず、私は呼吸ができる状態になりました。


私「スーハー、スーハー…。ハァハァ、落ち着いた…。」


それでも、彼女達は、瞳を大きく見開きながらも、無表情で私に取りすがり続けています。


(…彼女はSOコードでアクセスした存在だ。
 私の過去生か、あるいは縁のある存在の可能性がある。
 
 だが、このシュチエーション…。
 地下水の中に蠢く何者かに脅かされている生命体の存在…。


 他のブログでも見たな。

 これは、私の抑圧された深層心理の可能性もあるな…。


 水中で溺れる者。
 彼らが私を水中に引きずり込むのはあくまで手段だ…。


 その目的は、『解放』。
 本質を見誤るな。


 レトリーバルだ!

 暗闇に、光を!!)


私の脳天にチリチリとしたシビレが走ったかと思うと。


ザバァッ!!バシャバシャバシャバシャ!


一瞬後、私は大きな水しぶきを上げて、水面を突き破って空中に躍り出ていました。

澄みきった青空の中に浮かんだかと思うと、放物線を描くように地上へと落下していきます。
水しぶきとともに、眼下に広がるオレンジ色の花畑の中へと落下する最中に、黒い人影を視認します。

私が飛び出した、泉のすぐ側に黒衣の騎士が悠然と両腕を組んで佇んでいました。

オレンジ色のポピーが咲き乱れる地面へと、全身ずぶぬれで着地した私は、同時に背中のツインの羽をしまいます。
地上へ戻ったという安心感から、顔を伝い、口の中に入ってきた水を吸い込み、私はせき込んでしまいます。


私「ゲホッ!カハッ!コン、コン!ハァハァ…。」


一瞬、両ひざに両手をついて、せき込んだ後荒い呼吸のまま、顔を上げます。

視線の先には、黒曜石の様な艶やかな黒い瞳を持つ端正な顔の持ち主が、微動だにせず、涼しい顔をしていました。

私はおもむろに、笑みを浮かべる黒衣の騎士の元へ向かい、片手でドンッと、その胸を強く押します。


私「っざけんな!姿を現せ、ミカエルッ!ハァハァ…。」


その瞬間、全身黒色の衣装を着た細身の男性から、白い衣装を身にまとった、金髪に緑の瞳を持つ、麗人へと姿が変化します。
身長が一瞬にして15cm程伸びています。 
残念ながら、その姿はツヤケシのガラスを3枚ほど重ねたかのように、ボンヤリとした姿でしか見る事はかないませんでした。


ミ「○○○、○○○○○…。」


私には、彼の声が聞こえません。

私の脳裏にイメージで、『元気そうでなにより』と伝わってきます。


私は構わず、そのまま相手の胸を手でドンッ!ドンッ!と押しやります。


私「カハッ!ハァハァ…。
  いくらミカエル系のガイドがスパルタ傾向だと言っても!
  いくらなんでも、荒療治が過ぎるだろうっ!
  一瞬、死ぬかと思ったぞ!」


相手は、私の押されるがままで。
両手をこちらに向けて、ニコニコと笑顔を浮かべています。


ミ「○○○○○○○○…。」


今度は私の脳裏にイメージで、『君ならできると思ったから』と伝わってきます。
『一気に片付いたし、結果オーライ』
『追い詰められないと、頑張れない性質でしょ?』とも。


私は全身ずぶぬれで、顔から水を滴らせながら、彼の胸を押し続けて仰向けに押し倒します。
私は彼の体に水がかかるのも構わず、彼の上に馬乗りになって、胸を叩き続けます。


私「ハァハァ…。
  お前、一体、アタシをどうする気なんだ!?


  手の平の上の猿かよっ!?

  アタシ、頭悪ぃんだから、ハッキリ言われないと分かんねぇよ!


  …いっそ、殺してくれよ!
  死んだら、ずっと側にいられるんだろう?


  お前、大嫌いだ!
  側にいたいんだよ。


  …側に置いて欲しいって、お願いしたのに…。」


ミ「○○○、○○○○○…。」


ミカエルに私の涙がポタポタとかかります。


彼は私の下で、微笑んだまま、手を伸ばして、私の左耳の上の髪を櫛ですくように撫でます。
水に濡れて、頭に張り付いた少しウェーブしたセミロングの黒髪を彼は撫でてくれました。


今度はうまく、イメージを受け取れませんでした。


私「…何もいらないから。
  ミカエルがいれば、何もいらないのに…。

  顔が見たい。
  声が聞きたい。
  抱きしめて欲しい。
  それだけで、十分なのに。」


私の脳裏に、かつての自分達の思い出がよみがえります。


私『…何もいらない。目も、耳も、手も、足も。
  この体さえ要らない。
  ~彼に愛を伝えたい。
  私の望みは、ただ、それだけ。』


私『自己犠牲の愛なんて、半熟だ。
  本当の愛は、二人とも幸せでなくっちゃ。』


私『私は今、宣言する。私は神だ!私が創造主だ!』


ミ『私の愛を、髪の毛一筋ほども疑ってはならない。』


ミ『でも、だってじゃない!
  君がそんな事を考えているのも、許せないの!
  そんな悪い子はオシオキだ。』


私(ミカエルの正体が、鬼でも、蛇でも、蜘蛛でも、木石でもいい。
  側に居て欲しい。愛してるんだ。)

そう思って、泣き続けた時もありました。


私「くっ…。綺麗ごとか…。
  アタシは、何も失っていない…。
  それどころか、大切なモノが増えてて…。


  これが本音なら、お前の声が聞こえるハズ。
  分かっているんだ、私の側からアクセス拒否をしている事は…。


  私を守るために、姿を消しているんだろう。
  私の浅ましさを隠すために…。」


(ミカエルがいれば…それは条件付きの愛なのか…。
 本物の愛なら、二人とも幸せでなきゃおかしいと言ってたのは私で。

 それなら、ミカエルがいなくても、私は幸せでないとおかしい事にならないか?
 
 死にたいと言っても、口だけだ。
 大切な絆や、大切な人ができている。
 イレブン・スター☆にしろ、家族、友人にしろ、私はローカル1に縛り付けられている。


 もう、愛していると言えない…。
 あの頃の眩しい気持ちに戻れない…。)


彼の肩の上の地面に両手をついて、私は涙をこぼし続けました。
彼の顔に、パタパタッと私の涙がかかる音がしていました。


ミカエルは微笑んでいるようでした。
ふっと、次の瞬間、彼の姿が霧散しました。


四つん這いになった、私の下には、オレンジ色のポピーが風に揺れているだけでした。


(自分は幻影だとでも、言いたいのか?
 それが、彼のメッセージなのか?
 …ローカル1に戻ろう…。)


意識をローカル1に戻すと、ラグにうつぶせで横たわっていた体を起こします。
目の端から涙が後から後から伝っていました。


(体がだるい…。また発熱しているようだな。
 忌々しい、この体。


 一年中、しょっちゅう発熱して、思うように動けない…。
 週末に寝込む生活が続いて、もう十五年くらいか…。


 病弱だから、救いを求めて、現実を見ずに、ガイドと恋愛したと思い込んでいただけなのか?
 ミカエルとのやり取りは、全て幻想だと言うのか?


 …やめよう、病弱だと言っても、日常生活に支障はそうない。
 入院したりして、がんばっている子もいるんだ。
 ここで、私が逃げては、他の子もくじけてしまう。

 今は深く考えるのはやめよう。


 体調も悪いし、とうてい建設的な考えに発展しない気がする。

 だるくて、体も重い。
 少し、休もう。)


私は布団を引き寄せて、涙を流しながら、再び横になります。


(…そうだ、色々外から言われたけど、それでへこんでいる場合じゃない。
 意見をしてくれた人には悪いが、それは2次的な問題だ。

 問題は、私とミカエルの関係性、いや、私の生き方そのものに関わってくる。)


ミカエル『帰ってきたら、今後の二人の事について話し合おう。』


エノク『君は男性をひどく憎んでいる。
    ~これでは君は、ミカエルに、ミカエルの愛に気づけない。』


(ラファエルからの忠告も、記憶に残っていない。
 ルシフェルとの最後の別れも、記憶があいまいで完全に思い出せないままだ。
 ミカエルとの別れも、やはり、あまりに唐突過ぎる。


 おそらく、きっと、あの後、話し合いをしていたのだが、多分、私自身で記憶を抹消しているんだろう。
 エノク師匠とも、ここ半年アクセスが不調になっている。
 これでは、あの時のセリフの真意を問いただすこともできない、という設定な気がする。 

 

 思い出せない…。
 これはすべて、私にとって、都合の悪い記憶の可能性が高い…。


 ふっ…おそらく、きっと、多分、そんな気がする。
 なんとも心もとない感じだな…。


 一つ分かっているのは。
 ミカエルとアクセスできなくなった原因を。
 私は問題を完全にはき違えている、という事だ。


 ミカエルは存在している。
 だが、どれほど泣いて、恋焦がれても、彼は姿を現さない。


 私の知覚が落ちた、というのも不自然だ。
 他のガイドには遭えていたんだから。


 フォーカス100に行けなくなったのも、よく分からない。

 震災に合わせて、急ピッチで成長させたから、ともいえるが…。


 …ミカエルの真意が分からない。


 もうすぐイレブン・スター☆か。
 これのおかげで逆に私も救われているな。


 もう、亡くなってさ迷っている被災者は少ないみたいだけど。
 自分を癒してからでないと、無茶することになりかねない。
 気をつけなくちゃ。
 忠告してくれた人に感謝だな。


 …さっきの水中でのレトリーバル。
 なんだろう…胸の奥のつかえがごっそりとれた感じがする。


 女性性とか言ってたけど、インナーチャイルドの解放の様な気もするな…。
 それとも、過去生絡みのブロックがとれたとか?
 なんだかんだで、過去生の影響、バリバリ受けているもんな、私。


 ミカエルはミカエルで。
 やっぱり、強制的にブロックを外しにかかったのか。
 ガイドとしての役目は果たしてくれている、という事なのかな…。


 分からないな…。)