静岡に住むあねごのお姉さんから手紙をいただいたのは1月の初めでした。
わたしが出した年賀状への返信でした。
ハガキには書き切れない思いが3枚の便箋にぎっしりとしたためられていました。
それはとても愉快な手紙でした。
あねごはしょっちゅうお姉さんに霊界通信を送って寄越すのだそうです。
それでお姉さんはあねごの現在の様子が手に取るようにわかるのだそうです。
あねごは(在命中と同様に)相変わらず忙しなく、
「今は○○の修行をしている」などと知らせてくるのだそうです。
わたしはその手紙をガハガハと笑いながら読みました。
今も毎朝あねごに心の中で話し掛けていますが、わたしにはちっとも霊界通信が届きません。
多少のジェラシーはありますが、お姉さんの気さくなお人柄に打ち消され、
「やっぱりご家族ならではの絆だなぁ」と、ほのぼの・しんみりしていました。
当時あねごは、抗がん剤治療を含めたつらいがん闘病を、長野の病院で行っていたのです。
自分にとって大きな存在になっていたあねごが故郷に引き上げず長野にとどまってくれたことは、
わたしには嬉しかったですが、半面とても複雑でした。
普通なら戻るよね・・・自分なら・・・
では、もしかしたらご家族とうまくいってない?と気掛かりに思うも、
あねごはあっけらかんと「(帰らないことに)姉はカンカンに怒ってる」と言っていました。
「そりゃそうでしょう。お姉さんの気持ちを思うと治療は向こうで行ったほうが良くない?」
とわたしもつい勧めてしまったほどでした。
今思うと、あねごは治療で回復すると信じていたからこそ、
故郷にも戻らず踏ん張っていたのだと思います。
それを思うと今でも泣きたい気持ちになります。
わたしはそのお手紙にもすぐに返事を書きたい気持ちでしたが、
ず~っとダラダラと日が過ぎてしまいました。
9月9日があねごの命日なので、なんとかその日に間に合うように手紙を出せました。
実に8カ月も間を置いてのことでしたが、
その手紙に対して、また即座に返信が届きました。
あねごは、たまにお姉さんの元に立ち寄るようで、
姿こそ見せないものの、はっきり「来た」とわかるような痕跡をのこしていくようなのです。
そして、「こうしてやさいさんとわたしが手紙をやり取りしているのも、すべて○○子(あねご)の策略なのです」と書かれていました。
本当にひょうきんで温かなお姉さんです。
これでは、またもや返事を書きたくなってしまい、
黒やぎさんと白やぎさん永遠の文通になってしまいます。
※ 途中からこのブログを読まれた方には唐突だったかもしれませんが、
あねごとは、前々職の営業職時代に出会った人生で最もインパクトの大きい、
最も影響を受けた友人(当時はコワい上司 笑)です。
わたしも、あねごほどではありませんが忙しくしています。
日曜日、また安曇野市へ出かけます。
今週は遠出はありませんでしたが、
来週は夜の諏訪市行きをはじめ、予定がぎっしり詰まってきました。
なので明日はゆった~りするぞ~
(と言う前に、すでに帰宅後2時間半ほど爆睡し、現在午前4時にこのブログを書いています)
大量の葉唐辛子で佃煮をつくりました。ご飯に合います☆
手前のお菓子にハマって、最近立て続けに食べています。
ニトリで買ったホテル仕様の枕。
見かけは白ですが、なんとも心惹かれる淡~いぺパーミントグリーンなんです♡
カバーを着せてしまうので、どのみち見えませんが。
それでは良い週末を~^^













