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3月15日(日)大雲寺( 京都府京都市左京区岩倉上蔵町305)へお参りに行きました。
京都の大雲寺(岩倉観音)は、971年に円融天皇の勅願で創建された、京都市左京区岩倉にある千余年の歴史を持つ天台証門宗の古刹です。行基作と伝わる秘仏・十一面観世音菩薩を本尊とし、頭や脳、精神の病にご利益があるとされ、2025年10月から2026年4月にかけて、335年ぶりに本尊が御開帳されています。


応仁の乱や戦国時代の兵乱による焼失、織田信長による焼き討ち、落雷・失火等で幾度となく伽藍は消滅してその都度再興がなされてきました。 

そして、昭和60年6月、人災によって旧本堂の伽藍のことごとくが消滅してしまいましたが、秘仏ならびに寺宝類は全て無事で、仮本堂に保管されています。
仮本堂
奈良時代(神亀・天平年間)に行基によって製作された大雲寺本尊十一面観音は、戦国時代の戦乱に巻き込まれ1546年(天文15年)に頭部宝冠部分を焼失しました。1560年(永禄3年)に秘仏として厨子に納められ勅封がなされ、それ以後、尊容を見ることができなくなりました。今回、335年の時を得て御開帳されています。


ご本尊十一面観音行基作と伝わる秘仏で、聖武天皇の姿を模したとされる雄々しい男性的な尊顔が特徴の、奈良・長谷寺の十一面観音と兄弟仏と伝わる国指定重要文化財です。(写真はリーフレットとチケットから)


覆屋(閼伽井堂双龍大権現)

万里小路中納言藤房卿髪塔

岩倉三面石仏

頭のお守りいただきました。



石座神社(京都府京都市左京区岩倉上蔵町302)へ
石座神社(いわくらじんじゃ)は、京都市左京区岩倉に鎮座する、平安時代からの歴史を持つ旧岩倉村の産土神です。かつては大雲寺の鎮守社であり、現在は八所明神・十二所明神を祀るほか、周辺の巨石信仰(磐座)に由来する山住神社を摂社(お旅所)に持ち、10月の岩倉火祭が有名です。

鳥居と拝殿

十二所明神社・八所明神社
一言神社と熊野神社・貴船神社・出雲神社
香取神社・鹿島神社・稲荷神社と愛宕神社・猿田彦神社

山住神社(京都府京都市左京区岩倉西河原町2)へ
山住神社(やまずみじんじゃ)は、左京区岩倉にある社殿を持たない古社で、巨大な「磐座(いわくら)」を御神体として祀る古神道の形を今に伝えます。かつては「石座大明神」と呼ばれた、岩倉の産土神(土地の守り神)であり、平安京の北岩倉とされる神聖な場所です。現在は近隣の石座神社の御旅所となっています。

拝殿と神が降臨する石座

実相院門跡(京都府京都市左京区岩倉上蔵町121)へ
実相院(じっそういん)は、鎌倉時代(1229年)創建の天台宗系単立寺院で、ご本尊は鎌倉時代に作られたと伝えられる木造立像の不動明王です。
格式高い「門跡寺院」として皇室ゆかりの地であり、狩野派にによって描かれた襖絵を所蔵し、天皇家ゆかりの宝物が多数収蔵されています。春は「石庭と桜」初夏からは床の板の間に映りこむ「床みどり」、秋には「床もみじ」が美しい寺院です。




池泉回遊式庭園と枯山水庭園があります。

岩倉具視幽棲旧宅(京都市左京区岩倉上蔵町100)へ
幕末の政治家・岩倉具視が1864年から約3年間、
尊王攘夷派から命を狙われ洛中から退去・隠棲した場所です。ここで坂本龍馬、中岡慎太郎、大久保利通らと面会し、討幕・王政復古への密議を重ねました。当時の質素な主屋や対岳文庫が現存しています。


対岳文庫
岩倉具視の遺品や明治維新関係の資料を展示する施設。建築家・武田五一の設計による鉄筋コンクリート造の建物で、国の登録有形文化財です。


表門



旧宅(鄰雲軒)
茅葺きの主屋と、後に増築された瓦葺きの附属屋が残り、当時の質素な生活の様子が伺えます。





岩倉具視お手植えの松
岩倉村瘞髪碑(遺髪碑)


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 明日はきっとハレルヤ飛び出すハート