ここ2日間、ある人について相談を受けていて、聞いている内容は、ごもっともなんだけど、正直、私には何の危害もなく笑笑
好きとか嫌いとかもなく、
ドラマタイプの人なので、昭和だけに笑笑、
ただめんど臭い程度笑笑
私も人を嫌いだなぁと思う感情はもちろん有りますよ、だけど今は殆どないかなぁ笑笑
そんな方とは関わらないし、仕事仲間程度でプライベートまで介入する気にもならないので、かなりドライに接している笑
嫌いよりめんど臭いの人の方が多いかも笑笑
でね、
その二日間にも及ぶ相談事を聞いていて、そもそも相談者が嫌っている人は私には何の影響もないし、私の周りにも影響はないし、まず相談者からくる、その人の嫌な部分を見たことがない…。
そんな人を私に嫌いになれ?と言ってるのかしら?と?半信半疑で聞いていたから、昨日も相談されたんだと思うけど笑笑←しっかり聞いてやれよ笑笑
昨日、話しを聞いて私の中にあった違和感が分かりました。笑笑
相談者はみんなの平和を望んでいる。だからその人をどうにかしたい!と言う思い、でも裏を返すと、自分がこの現状を変えないといけないと言う正義なんだと…。
そんな相談者を見ていて、あっ、平和をこんなに願う人がいるのに、結局平和にならないのはその邪魔を排除するために戦いに移行してしまう事なんだ!と気付いたのですよ😅
相談者のその先には見えてるものは、結局は、自分のためになることしか考えてないと言う事が見えたから、やっぱり私は、私にはその人を嫌いという目で見たことはないし、だからと言って、そっちにつくとかもないし、私は全てを平等に目を向けたいから、私が何かされたら考えます笑笑と笑って逃げました笑笑🤣←またもや笑笑
そんな帰り道に見たメールにオーラソーマの和尚アートユニティからのメッセージに食い入りました笑笑
長文ですが笑笑
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□-■-□-■-□-■-□-■-□-■-□-■-□-■-□ OAU ワークショップ通信 242
もともと慈悲という言葉は
本来の仏陀の教えというものを知っておく
仏陀の教えを守っている上座仏教の教え
日本テーラワーダ仏教協会の
以前にも、彼の マインドフルネスのついての
テーラワーダというのは、
上座仏教は、以前は大乗仏教に対して小乗仏教
上座仏教では、仏教は お釈迦さまがはじめて真理の悟りを開き、
そのままに実践すべきだ、 ということを教えて、実践しています。
ですからそこでは、 お釈迦様の言葉に近い教えが
そこで、
そのスマナサーラ長老のYou Tubeですが、
慈悲こそ人生の必需品
というテーマでの法話があったので、
その教えを聞くと、
非常にリアリスティックで
人間に対する認識があります。
そして、
生きることは残酷な世界であり、 世界観があります。
そのようなエゴと恐怖心から生き続けていると お互いが奪い取ることでトラブルが生じます。
闘うという競争社会のなかでは、
それが自然の世界であり、 生命の法則はみな同じです。
そして私たちは 自分の五感で感じること、 わかりません。
自分に見えることしかわからない
そうすると、
人の痛みや悩みを忖度しなくなり、
みんながそのように生きている世界は 生きることになってしまいます。
そこにはもうひとつの認識が抜けています。
それは、
人間は一人では生きられない、
ということです。
人には心があります。
心とは感じる能力のことをいいます。
その感じる心は 人と人をつなぐことができます。
ネットワークをつくることができます。 ネットワークの中ではお互いを支えあうことができます。
味方になります。
私たち人間は、
私たちは生命のネットワークの中で生きています。
私たちの遺伝子の中には、 ウイルスの遺伝子も
それはともかく、
そこで、スマナサーラ長老は言います。
どんな生命も幸福に生きていきたい
そこでできることは何か?
それは、
生命のネットワークに
それが「慈悲の瞑想」だ、と。
そうすることで、
スマナサーラ長老は、
なぜなら、彼のこれまでの人生は、
みんながやってくれたのだそうです。
それは、
だから、
「幸福に生きたければ、
ということを教えます。
と、スマナサーラ長老は言います。
そして、 人はみな、自分を愛している
だからまず、 慈悲は自分の幸福を願うことから
その慈悲を他の生命にも及ぼします。
そして、 仲間を見て、慈悲を拡大します。
そのようにして、
と。
しかし、そうしないで、
なぜなら、
自分の都合に適した感情が現れるからです。
エゴイストは自分のことしか考えないので、
慈悲があったら人を殺せなくなります。
自我があると、
しかし、慈悲があると、
ネガティブ感情が少なくなります。
そして、生命が平等だとわかります。
お前が悪いと言えなくなります。
そのようにしていくことで、
だから、
というのが、
まず、 慈悲の感情を確保することです。
そして、
その素直な気持ちを、 親しい生命に広げていきます。
猫やペット、普通の生命にも、拡大していきます。
そして、 無理をしてでも、 嫌っている生命にも拡大する のだそうです。
そうすると、 その慈悲のバイブレーションが
ということが感じられるようになる、 ということになります。
このスマナサーラ長老の教えは、 宗教的な教えですが、
仏陀の教えは、非常に科学的で、 論理的であることがわかります。
Oshoでさえ、
「現代物理学がわからなければ、 仏陀の教えを理解することは出来ない」 と言ったぐらいですから。
そこで、CCTでの学びを振り返ってみると、
心理学や学習理論などをもとにして、
宗教としてではなく、
これからの新しい時代においては 誰の目にも明らかになり
その崩壊を防ぐには、
そのためには、
それが土の時代から、風の時代への
OAU
P.S. 「慈悲の瞑想」の言葉を、 ここに記載しておきます。
私の親しい生命が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
私の嫌いな生命が幸せでありますように 私を嫌っている生命が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
めちゃくちゃ長いのでこれだよねは濃いめに笑笑 慈悲の心を無視するから違和感が出てくるんだと思うのですよ。 全てが平等だから、誰でもないその人だけが悪いわけではなく、その背景には何かがあるだろうけど、それまでは関与しませんが、やっぱりそこに気付く事も大切な気がしました。 スマナサーナ長老のYouTubeを探していたら大好きなぱっさんのこちらの動画も瞑想が出来なくても一緒に読んでいくと思考が消えますね笑笑 是非↓ |


