家族に問題がある人も問題がないという人もインナーチャイルドと向き合うコトって本当に大切だなぁと日々、色んな人と接していて感じます。
私は、父が亡くなった時に、自分の中にこんな感情があったのか!と今、思い出すと恥ずかしいくらい、周りの目も気にせず、父のお葬式で嗚咽しながら同級生の前で泣きました![]()
私は父が大好きだったのに、許せなかったのです。今、思うと父自身、未熟な自分から逃げたくてお酒に走っていたんだなぁと理解できるのですが、子供の私には理解出来なかった。
でも父が亡くなって嗚咽してた私は次の日に、『父を赦そう』と手放した途端、すごく気持ちが軽くなったのを今でも覚えています。
自由で自分が幸せでいることの大切さは、自分次第なんだと始めてその時に気付いた瞬間でもありました。
家族問題から看護師として感じてることは、
最近、神の領域を超えてるようなそんな医療現場を目の当たりにします…
それは本人が死を選択出来ないということ、私は手術室に働いているので、手術の内容を時々、年齢と照らし合わせてみていると、それは寿命ではというような病気で運ばれてくる90歳台の方も、手術をします。
本人がお元気で、つい最近まで普通に暮らしていてとなると何となくそれは手術という形になるかなぁと思うのですが、寝たきりで認知症もあり、本人の意思ではなく家族の意向で手術と言われると、何となく、寿命って何だろう?と考えさせられます。
もちろん昔に比べたら年齢が昔と同じようには見れなくなってきているし、90歳でもしっかりした方もたくさんいらっしゃいます。
だからいつまでも働けるような環境になれば、90歳まで働けるような世の中になると思うけど、それを決めるのは本人であり、周り、家族が決めるコトではないような気もします。
介護する人から見たら、手術という方法もあるのに、何もせずに親を亡くしてしまうことは罪だという罪悪感を抱くのかしら?とも思いますが、自分だったらどうだろう…と考えてみたり、そうなる前に親にこうなったらどうする?という確認はしていても良いのではないかと私は思うのです。
主人の祖母が寝込んでから下血という症状が現れた時に私は寿命だなぁと思いました。でも家族じゃないから冷静に判断できたけど、主人の母や叔母は慌てていました。
そこでとりあえず病院に行き説明を聞いて貰いました。その時に説明した医者は冷たいような言い方だったけど、一番まともなコトを話してくれたなぁと感じました。
義母も祖母が家が大好きで家に居たいだろうと判断し、自宅で看取ると決めてからはとても落ち着いていました。そして在宅の先生が初めて自宅に訪問する日に祖母は亡くなりました。本当に最後まで迷惑も掛けず、大好きな家で亡くなりました。
その時に義母も私もこんな風に亡くなりたい…と話していました。私もこんな風に亡くなりたい。と子供達に伝えてます。
なんだか話しがソレましたが、とても大切なコトだなぁと感じています。
家族って何よりもコミニケーションの学びの場だと感じております。
是非、せっかく母の日、父の日と家族と向き合う日にそんな話しが出来ていたら、医療従事者として安心してあなたの家族を預かることが出来るなぁと感じております♪

