毎日仕事に行き、休みの日は
家でのんびりと、
本を読んだり、ラジオ聴いたり



YouTubeでは服部みれいさんや
マドモアゼル愛先生のお話を聞いて
笑って過ごしています。



マドモアゼル愛先生のジャンケンしない人
本当にそうだなぁ〜と納得、



今、私が仕事に行っているのも、
ジャンケンする人が居ないと
何も動かない。



今までいかに閉鎖的で、
各々、勝手な言い分だけど
ジャンケンは出さない、しない人たちが
いかに多かったか!
マドモアゼル愛先生みたいな言い回しで(笑)



もうそんな社会や組織でやっていても、
もう、先はないんだなぁ〜と、




私もすごく大きなエネルギーを感じていて、
勝手にね笑
自分に集中しないとブレてしまう、
そんなモノを感じていたら、


昨日、帰り道、職場の人と
話をしていて、
「私、すぐに信じちゃうんですよ、
すぐ騙されてしまうからなぁ」と


それを聞いてハッとしました。


私は今そんな流れの中にいるから
自分軸、自己一致、それは自立、



何なんだ!この感じーと、
ずっーと悶々と
日々を過ごしていて、
それは騙されない人ってやはり
ブレない人なんだと思うのです。



外からの意見や外からのクソバイスが、
時々、吐き気を感じる、
もちろん有難いけど有り難くない笑



もう自分の事は自分が
一番知ってるから、外から言われても
クソバイスにしか聞こえない、



人のことより、
自分のこと整えよう、
と思うのです、



私の意見はただ、私の為に言ってる
だけで、コレは人が見たら
ただのクソバイスしかないかも
しれない。そうとも感じる、



そう感じる人は、自分をもっと
知りたい、もっともっと自分を
可愛がりたい、そうなって来てるのかも
しれない、、
と勝手に感じています。


今の流れもリブログした中に書いてある、

https://note.com/keigosakatsume/n/n8a220f808c6e

 

石に齧りついてでも、真剣に生きる。|坂爪圭吾|note新島襄や上杉鷹山や中村久子の生き方を尊敬している。彼らの生き様に触れると「ここまでやった人間がいるのか」と胸を打たれる。真面目と言う言葉は、いまではマイナスに使われることが多い。しかし、真に真面目に生きている人の姿は、それだけで周囲の人々の心を打つ。そして、誰もが本当は真面目に生きたいと思っていることを、自分に与えられた命を精一杯に使い果たして死にたいと思っていることを、思い起こされる。真面目は、恥ずかしいことではない。否、恥ずかしいことだとしてもいい。無様でも、不器用でも、真面目に生きる人間からしか発されることのない、崇高な輝きがある。 上杉鷹山は、巨額の負債を抱えた東北の米沢藩リンクnote(ノート) 

 

真剣に生きる、って
自分を真剣に知るっ、
そんな感じなのかなぁ〜と、


もちろん外からの有難い流れで
今の自分がいるけど、
1番の根源は
自然からの恩恵が1番なんだと、
気付かされて、生きる、


そんな感じでしょうか、ハイ^ ^



一部抜粋
「自分で作り出したものなんてひとつもないのだ。すべては大地が、与えてくれたものだ。人間は、家を建てることはできる。しかし、木を作ることはできない。人間は、野菜を育てることはできる。しかし、種を作り出すことはできない。できることを通じて揺らぐことのない自信を得ることもあるが、できないことを通じて生かされていることを知ることもある。」