コロナ禍で父を看取るということ① | 宇宙の波紋~SORANOMINAMO~

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心を映すパステル曼荼羅アートを描きながら、日々の雑感を語っています。

めちゃくちゃお久しぶりのブログです。

今回は自分の体験をこちらに残しておきたくて投稿しました。

 

 

去年の8月に父を膵臓癌で亡くしました。

コロナ禍での入退院の繰り返しと看取りは本当に大変でした。

今思い返してもいろいろと疑問に思うことがあります。

その思いを父が亡くなった直後にFacebookに書き出していました。

(Facebookは限定公開)

 

その時は、

「今は特殊な状態(コロナ禍)だから特殊な体験をしたんだ…」と、

頭と気持ちの整理のために書いたのですが、

コロナ禍は収まるどころか後何年続くか分かりません。

これは自分だけの体験にせず、今似たような境遇でどうしていいか分からない人に、

少しでも参考になればいいなと思いました。

 

そうはいってもあんまりまとまってないし、たいしたことはありませんが

(急に自信が無くなる^^;)

これはガンについても、介護についても、医療についても全く知らず、

心構えもなかった人の等身大の体験談なので、ある意味リアルかなと思います。

どこかの誰かの検索ワードに引っかかって、読むキッカケになれば嬉しいです(^^)

 

↓ここからが本文

 

今までコロナに直接の悪影響を受けることは無かったけど、

今回のことは私たち家族にとって、大きな決断と犠牲を払わなくてはならない出来事でした。

私はこういう時、どちらかというと冷静で、感情に流されません。

冷たい印象を受けるかもしれませんが、

社会的に見て、これは課題だな、こんなことになるんだな…という気付きを残しておきたくて書き出しました。

父は膵癌で闘病中でしたが、先日ついに余命1〜2ヶ月と宣告され、最期の迎え方について説明を受けました。

これまでであれば、病院の緩和ケア病棟に移り、家族が見守るなか最期を迎えるのが一般的なようですが、なんと今はコロナの影響で面会謝絶。

死目にも会えないというのです。

 

コロナ感染者ではないのに?

次に会えるのは亡くなった後?

 

あまりにもショックでした。

なので、父の希望もあって、

最後の時を家で過ごすことになりました。

 

…が、これがどんなに大変なことか。

もともと左半身麻痺なのもあり、今はもう寝たきり。

復水もパンパンに溜まって苦しそうで、

ここ半年は何度も緊急入院を繰り返してきた父。

家で看取ると決めたら、もう病院へは戻せないそう。

どんなことになっても、最後まで家族で見てあげなければなりません。

 

加えて母は認知症が進み、情緒も不安定。

母の対応で私は日々疲労困ぱいしていました。

これからは末期癌の父と認知症の母の両方を見なければならないのです。

 

‥‥仕事なんかしていられませんよね。

動けるのは私と兄だけです。

父のためと思えば迷いはなく、

私は介護休業を取ることになりました。

両親と同居している兄も覚悟を決めて、

仕事を辞めました。

 

続く‥‥

 

 

(久しぶりにアメブロ開いたら絵文字とかどうやって使うのか分からなくなってしまいました。

殺風景な記事が続きますがご容赦下さい)