こんにちは!SAKIです![]()
今日はSAKIの感性で勝手に書いている、
「曼荼羅アートの一生」シリーズ第4弾
『完成。そして解き放たれる。』
をお届けいたします。
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前回は思いのままにならない
曼荼羅アートの紆余曲折を、
苦行のようだと思われた方もいるかもしれませんが、
そんなことはないんです。
どちらかと言うと心地よく集中している状態で、
その世界に没頭しているので、
時間が経つのも忘れています。
つまり楽しんでいるんです![]()
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さて、最後の老年期。
いちばん外側まで来ると、光も勢いも衰えてきます。
思えば遠くまで来たもんじゃ…
と誕生からここまでの繋がりを見ながら、
人生の終わり方を考えます。
思い残したことは無いかのう…
どんなふうに締め括ろうかのう…
何度も目を細めて、
自分の姿を遠目に見ようとします。
でも正直、どんな風になっているのか、
この段階ではよく分からないんです。
だから自分なりの「潮時」と思う時に、
終わりにします。
定着液をかけると、
加筆修正はできなくなります。
それはこの曼荼羅アートの時が止まり、
作品として完成する
…ということでもあります。
そして長い間、
四隅を囲っていたマスキングテープを剥がすと、
いよいよ解き放たれて「作品」らしくなります。
ここまできてやっと、
今回の曼荼羅アートの全体像が
客観的に見られるような気がします。
ああ、こんな作品になったのか…とか、
あそこはいい味出してるな…とか、
あそこでもう駄目だと思ったけど、
よく頑張ったな…とか。
ゆっくり振り返ることができます![]()
人の人生も、
生きているうちはがむしゃらで、
どんなものかなんて分かりません。
きっと終わった後に、
肉体というマスキングテープから解放されて、
やっと全体像が見えるのだと思います。
人が何度も輪廻転生して
今の自分があるのだとしたら、
今回の曼荼羅アートはそれまでの、
どこかの人生に似ているのかもしれません。
だからこんなにも、
心の深いところが喜ぶのかもしれません。
そう思いながら、
ひとつ完成するたびに、
自分のこころの宇宙に加えていきます。
おしまい![]()
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