主人がいなくなって、7年と7ヶ月。
突然オドオドするような?日々がビクビクの生活ともなって、
心細さ、
寂しさ、
悲しみ、
そしてやり場の無い苦しみや深い深い後悔だけが重く重く、それは息苦しいほどにも常に常に、寝ても覚めても全てがその世界と思えて生きていました。
常にテレビが消せなくて、
無音がとても無理で、夜中もずっとテレビが消せないような生活していました。
何度も書いたけど、家中の電気はどんなにムダでも手当たり次第煌々と付けて、ちょっとでも心細く思わないように?ちょっとでも自分の心を守るかのような、そんな行動をして何とか日々をやり過ごしていました。
今もそこから完全に抜けてるわけじゃないけど、それでも私は進化?成長?(悲しくもあるけれど)強くも逞しくなって来たんだと思ってます。
もうずーっと、
主人におんぶに抱っこで迷惑かけて、嫌なこと面倒なこと、可能な限りまる投げで、だらしない自分で生きて行く…
生きれるんだと思ってました。
でも、ある日突然まさかの出来事が我が身に起こり…
それはひょっとすると、今でも信じ難い気持ちで居るのかも知れません私。
それくらいの、世にも恐ろしい、想像すら出来ない衝撃でした本当に。
これはね、絶対になってみなければわからないことだと、間違いなく思います。
だって私だって、やっぱりその日その時まではこんな出来事は『他人事』であったと思うから…
自分の身に起きた時、まず終わったと、それだけを思いました。
何が終わったのか…
もうそれは全てにだったと思います。
今後の生活、生きる気持ち、生きて行く気力、経済力から生活力から、何もかもが無理だと、ただ漠然ともそれしか思わなかった。
先が見えなくて真っ暗闇で、
あの時の気持ちって、今現在の私でももうわからないほどのものだった気がします。
たくさんの方とそこの想いを共有しながら、寄り添い、寄り添われ支えられながらここまでを生きて来ました。
今思うのは人に、人の気持ちに「絶対」は無いんだという事です。
多くの方と関わって来ている中で、それは私以外の他の方…の生きている道の中でもそこを感じさせてもらっています。
今の「絶対」は、
未来の「絶対」ではない。
すごく、そう思います。
だってその証拠に、今の私が居るから。
あの頃の「絶望感」が、
絶対に変わらない、変わるはずないとしか思えなかった気持ちが、少しずつ形を変え、上手く心に収まって来た…そんな感じなのかな。
まだ続き?がありますが、これはまた改めて限定の方に記したいと思います
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