今の「絶対」が、未来の「絶対」とは限らないよ | 突然旦那が亡くなった…その後の私の人生の記録。ずっと主人と共に

突然旦那が亡くなった…その後の私の人生の記録。ずっと主人と共に

2,018年6月
54歳で主人が突然亡くなりました。
私はその時45でした。

同じような経験や思いを持つ方、そしてそうでない方もこの突然の出来事、この思い、何よりもこの世で54年生きていた主人の事と、その後の私の人生を知って頂けたら幸いです。


主人がいなくなって、7年と7ヶ月。

突然オドオドするような?日々がビクビクの生活ともなって、

心細さ、
寂しさ、
悲しみ、
そしてやり場の無い苦しみや深い深い後悔だけが重く重く、それは息苦しいほどにも常に常に、寝ても覚めても全てがその世界と思えて生きていました。

常にテレビが消せなくて、
無音がとても無理で、夜中もずっとテレビが消せないような生活していました。

何度も書いたけど、家中の電気はどんなにムダでも手当たり次第煌々と付けて、ちょっとでも心細く思わないように?ちょっとでも自分の心を守るかのような、そんな行動をして何とか日々をやり過ごしていました。

今もそこから完全に抜けてるわけじゃないけど、それでも私は進化?成長?(悲しくもあるけれど)強くも逞しくなって来たんだと思ってます。

もうずーっと、
主人におんぶに抱っこで迷惑かけて、嫌なこと面倒なこと、可能な限りまる投げで、だらしない自分で生きて行く…
生きれるんだと思ってました。

でも、ある日突然まさかの出来事が我が身に起こり…
それはひょっとすると、今でも信じ難い気持ちで居るのかも知れません私。
それくらいの、世にも恐ろしい、想像すら出来ない衝撃でした本当に。

これはね、絶対になってみなければわからないことだと、間違いなく思います。
だって私だって、やっぱりその日その時まではこんな出来事は『他人事』であったと思うから…


自分の身に起きた時、まず終わったと、それだけを思いました。
何が終わったのか…
もうそれは全てにだったと思います。

今後の生活、生きる気持ち、生きて行く気力、経済力から生活力から、何もかもが無理だと、ただ漠然ともそれしか思わなかった。

先が見えなくて真っ暗闇で、
あの時の気持ちって、今現在の私でももうわからないほどのものだった気がします。

たくさんの方とそこの想いを共有しながら、寄り添い、寄り添われ支えられながらここまでを生きて来ました。

今思うのは人に、人の気持ちに「絶対」は無いんだという事です。

多くの方と関わって来ている中で、それは私以外の他の方…の生きている道の中でもそこを感じさせてもらっています。

今の「絶対」は、
未来の「絶対」ではない。

すごく、そう思います。

だってその証拠に、今の私が居るから。

あの頃の「絶望感」が、
絶対に変わらない、変わるはずないとしか思えなかった気持ちが、少しずつ形を変え、上手く心に収まって来た…そんな感じなのかな。




まだ続き?がありますが、これはまた改めて限定の方に記したいと思いますニコニコ

ポチッとして(触れて)もらえたら励みになります🙏🏼↓