今日から6月。
そう思うだけで重く感じてしまう、大切であり絶対忘れられない「6」という、それだけで悲しい数字と思える月。
他の月と何ら変わらなかったはずの6月が、
主人が亡くなった事によってあまりに特別な月となってしまいました。
忘れたくても忘れない、6/1に私は既に娘宅に行っていたから、この日は一人京都を巡ってて、それは私の中で、ここから3ヶ月後に主人と再び来るための下調べのようなものでした。
本当にそこを思いながら、私はそこから4日間もの京都入り。
まさかまさかそれが無駄になるなんて、
いや、それどころか二度と行きたくない(行けない)と思うほどの地になるなんて、この時夢にも思うはずなく、「楽しい」でしかない、その絶頂であったとさえ思います。
どう考えても仕方ない話なんだけど、私は主人が亡くなる前々日まで関西で呑気に遊んでたんだなってこと、そこがとても悲しく思える。
でも、やはり最大の救いは主人が亡くなった時には北海道に戻って来ていたという事実でもある。
命日まであと数日。
北海道の初夏。やはりそこにあの頃を思い出す気がします。
長女からこんな連絡が来ました。
うん、それがいい。
絶対にその方が良い。
旭川に転勤になった息子も、命日前に仕事で札幌に来ているから寄ると言う。
その時「お花」を頼んだのだけど、仏花はやめてねと言いました。
7年が経とうとしているのだから気持ち的にもあの頃とはいろいろ違うかと思うけど、
でも私、時々書いて来たけれど初めの頃から仏花は正直(悲しくて)嫌だった。
だから本当に当時からあえて違うお花、明るい、可愛らしいお花、主人のイメージのようなお花、仏花から連想するような気持ちにはならない…まるで違った感じのお花を選んで、少しでも心の穏やかさを求めるかのようにそんなのを置いていました。
お花に興味があって普段から飾るような、そんな私ではまるで無かったから、
主人が亡くなったことでお花との関わりが出来ました。
毎日常に生花を保つような私では無いけれど、これからも主人に向けるお花は、私自身の好きな、ちょっとでも心和む、心慰められるようなものが良いと思っています。
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